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営業活動をしていると、どうしても取引が終了してしまう離脱顧客はつきもの。カスタマーサクセスという概念の普及に伴い、通信会社などが使い始めた「チャーンレート(解約率)」を営業の指標の1つにしている会社も増えているようです。 

しかし、世に出ている営業本を読んでいても、チャーンレートを最小化する方法については書かれていても、実際に離脱する顧客との接し方まで書かれている本はほとんどありません。証拠になるかどうかは疑問ですが、このトライツブログも2024年8月末時点で489件の記事が公開されていますが、離脱顧客との接し方を題材にしたものは1つもありません。 

このようにほとんど焦点が当たることのない離脱顧客との接し方について、とても興味深い考え方を紹介している書籍を見つけました。そこで提唱されているのは「離脱顧客をアルムナイ化しよう」ということ。いったいどういう考え方なのか、そしてアルムナイ化することでどのようなメリットがあるのか、一緒に見ていきましょう。 

最近ビジネスでも利用されるようになった「アルムナイ」とは 

先ほどから使っている「アルムナイ」のもともとの意味は、学校等の教育機関の卒業生。ビジネスにおいては企業の退職者のことを指します。外資系コンサルティング会社やリクルートなど、人材の流動性が高い企業では以前から「元リク会」のようなネットワークがありましたが、最近では日本企業でもアルムナイを重視しているところが増えているようです。 

日経新聞では「アルムナイ」の初出は2018年。その後数年感は年平均で3件程度と、ごくたまに出てくる単語だったのですが、直近2年間は年平均して約40件もの「アルムナイ」関連の記事が出ています。 

ビジネスにおけるアルムナイの記事のパターンは大きく3つ。1つめはアルムナイ採用という再雇用制度の導入や活用について。2つめは業務委託や提携といったビジネス面での協業のためのネットワークの立ち上げについて。そして3つめはそのようなネットワークの構築や運用を簡易に取り組めるサービスの開発や導入についてです。 

今回ご紹介するのはこのアルムナイという考え方を、自社から離脱した過去の既存顧客に対して当てはめる「顧客アルムナイ」を導入して、顧客のLTV(生涯価値)を最大化しようというもの。まだまだ粗削りな部分はありますが、離脱顧客との接し方を考えるにあたって参考になると思います。 

離脱顧客をゼロにしようとすることでかえって離脱顧客の生涯価値を損なっている 

「顧客アルムナイ」を提唱しているのは、米国のコンサルタント兼経営者であるアダム・ウォレス氏の最新作「(Re)Value: Raise Your Prices and Build Your Legacy」(再価値化:あなたの市場価格を高めて営業資産を構築しよう)。まず、現在の多くの企業における離脱顧客への接し方の問題点から見ていきましょう。 

多くの企業は「顧客アルムナイ」つまり、離脱した顧客の経験や価値について何も考えていません。その代わりに、新規顧客の獲得数の最大化や既存顧客の離脱をゼロにしようとばかりしています。(中略)しかし、顧客を維持しようとするあまりに、顧客が必要としていない商品を売りつけようとすると、逆に顧客はこれまでに受けた価値のイメージや、企業に抱いていた好意といったものが下がってしまいます。(中略)意図せずに、顧客の生涯価値を損なってしまっているのです。

大事な既存顧客を維持しようとするあまりに、顧客にとって重要度が低い商品を売りつけようとしてしまう。もしかしたら身に覚えのある方や、そういう商談を見聞きしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。 

そうではなく、卒業する顧客をアルムナイ(同窓生)として大事に取り扱おうというのがウォレス氏の主張です。続けて見ていきましょう。 

離脱顧客に自社商品・サービスを推奨してくれる「顧客アルムナイ」になってもらう 

例えばレストランの常連客は、その地域から引っ越すことで「顧客アルムナイ」となります。寄付金などの理由で卒業生が大学にとって重要な存在であるように、顧客アルムナイも新規顧客の獲得において非常に価値のある存在です。引っ越した常連客は街に戻ってくるたびに友人を誘ってそのレストランで食事をするでしょうし、その街に住む知人にそのレストランをおススメすることでしょう。 
事前に計画を立て、意図的に離脱顧客に価値ある印象を残すことで、離脱顧客はその後もあなたの商品やサービスを他人におススメするようになるのです。

レストランのたとえは似たような実体験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。確かに、離脱顧客がその後も商品やサービスをおススメしてくれたり、周りの見込客候補を紹介してくれたりということもよくあることなので、無理に商品を売り込もうとしたり、取引が継続しないとわかるや素っ気ない態度を取ったりするのではなく、「また機会があればご一緒しましょう」と気持ちよくお見送りするのがベストだと思います。 

ちなみに、「意図的に価値ある印象を残す」の具体的なやり方については一切触れられていません。ここについて、いくつかヒントを示してくれていたらよかったのにという思いがあったので、この本を紹介する際に「粗削りな部分がある」と書いたということです。 

ちなみに、この内容は「(Re)Value」という洋書を読まなくても、Sales &Marketing ManagementというWeb雑誌の「Are You Paying Attention to Your Customer Alumni?」(顧客アルムナイに関心を払っていますか?)という記事で部分的に引用されていますので、興味をお持ちの方はまずはこちらをお読みください。 

顧客アルムナイを成功させるため具体的に何をするのか 

先ほどご紹介した文章では、「顧客アルムナイ」という考え方だけが提唱されていて、具体的なお見送りの仕方や、お見送りをした後の関係性を維持する方法については触れられていません。 

ちなみに採用におけるアルムナイは、辞める時にお互いに嫌な思いをしないということが大前提になると思います。これをやっておけば上手くいくというものでなく、退職の意思表示をした後、しっかり話し合いが行われ、円満な解決策を探すよう双方努力がなされていること、最後は笑って別れることができていることなどがポイントでしょう。そして、退社後もつながりが維持されていることも大切なことです。 

これは顧客アルムナイでも同じ。なんとなく疎遠になってオシマイ・・・というのでなく、ビジネスが終わる際にもしっかりコミュニケーションが行われ、最後は笑顔で「また一緒に仕事しましょう!」と終わることができる。そしてその後も営業担当者がその顧客のことについて関心を持ち続け、定期的なアクションを起こすことが必要です。 

具体的には、年賀状や年始/異動のタイミングでのメールのご挨拶、SNSでの近況報告、展示会やセミナーといった自社イベントへのご招待、また離脱顧客が主催するイベントへの参加やその盛会を願うメールを送る、などつながりを維持する働きかけがなされることなどがあるでしょう。 

商談が終わったからと、後はマーケからメールマガジンを送るだけ・・・とするのでなく、営業担当者が「顧客アルムナイ」を意識して、メールの開封履歴をチェックし、時々電話でフォローしたりと、顧客に対して「あなたに関心があるよ!」と発信し続けることが必要なのだと思います。 

「顧客アルムナイ」という考え方で離脱顧客という貴重な顧客資産を管理しよう 

既存顧客や離脱顧客の重要性が謳われるようになったのは、今回ご紹介した記事が最初ではありません。2017年の「コトラーのマーケティング4.0」では5A理論として、購買後の顧客の推奨(Advocate)が重要視されています。また、昨年(2023年)の後半にご紹介した調査記事「乗り遅れるな!B2B営業もセルフサービスの時代へ」では、顧客が購買の参考にしている情報の第2位に「利用者のクチコミ」が、5位の「営業担当者」に次ぐ第6位には「ユーザーコミュニティ」がランクインしています。ことほどさように離脱顧客を含む顧客からの情報発信が、売上に大きな影響を持っているのです。 

離脱する顧客であっても、またいつか一緒にお仕事をするかもしれない、新しい顧客を紹介してくれるかもしれないと思って丁寧に対応する。大事な和服に年に数回風を通して虫干しするように、SNSなどを通じて定期的にやり取りを交わす。そして、それをやりやすくするために大事な顧客資産として管理する。これらは当たり前で基本的なことですが、「顧客アルムナイ」という言葉が付けられたことによって、何をすればよいかがよりイメージしやすくなったように思います。 

皆さんとの取引を卒業した顧客の方々とは、いまどんなお付き合いをされていますか。最後に連絡を取ったのはいつ頃でしたか。ぜひこの機会に振返ってみて旧交を温めてみてはいかがでしょうか。 

参考: 
Are You Paying Attention to Your Customer Alumni?」(Adam Wallace, Sales & Marketing Management, August 5, 2024 
(Re)Value: Raise Your Prices and Build Your Legacy(Adam Wallace, Business Expert Press, LLC, 2024