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物語(ストーリー)の力をビジネスに活用しよう、という考えはもうすでに新しいものではなくなってきています。楠木建氏のベストセラー「ストーリーとしての競争戦略」が出版されたのが、10年前の2013年。それ以降、経営戦略だけでなく企画や営業の分野でもストーリー活用の効果や重要性が説かれています。

「ストーリーを使って伝えると、事実だけを伝えた場合の22倍も相手に記憶される」という調査結果もありますので、つい最近では安易なストーリー活用に警鐘を鳴らす「ストーリーが世界を滅ぼす」という本が出版されたほど。

今回は、パワフルなストーリーの力を営業に活用する「ストーリーセリングの3要素」をご紹介します。ストーリーを顧客に届け、顧客の心を動かして受注につなげるためには何が必要なのか。一緒に学びましょう。

ストーリーセリングの第一人者が語る3つの構成要素とは

今回ご紹介するのは、ストーリーセリングの第一人者であるベルナデッテ・マクレランド氏が2022年のOutboundというカンファレンスで行った講演「What‘s Your Story ?」。マクレランド氏は「The Art of Commercial Conversation」という本の著者でもあり、営業などのセミナーでの講演者としても有名な女性。オーストラリア訛りが特徴的で、以前にはカリスマコーチとしても有名なアンソニー・ロビンズ氏主催のイベントでゲストスピーカーを務めたこともあるそうです。

そんなマクレランド氏が語る、ストーリーセリングの3つの要素は以下のとおりです。
1. ストーリーキャッチング(Story Catching)
2. ストーリーテリング(Story Telling)
3. ストーリーシーキング(Story Seeking)

それぞれがどういうものなのか、Outboundでの講演と著書に基づいて、手短に解説していきます。

1つ目のストーリーキャッチングは、顧客の興味・関心を集めるためのストーリーのこと。顧客にとって自分がどんな価値を提供できるのかを伝えて、顧客がストーリーを聞く体勢をつくるようにしましょう、ということです。

2つ目のストーリーテリングが、いわゆるストーリーそのもの。顧客と共通の課題や失敗、状況に悩んでいた企業でのサクセスストーリーを伝えて、前向きな未来にたどり着けることをイメージさせます。

そして3つ目のストーリーシーキングでは、これまでの一連の流れを受けて、顧客に顧客自身のストーリーを話してもらいます。シーキング(Seeking)という耳慣れない言葉がありますが、これは手に入れようと努力すること。営業は自分の話をして満足するのではなく、意識・努力して顧客のストーリーを聞かなければならない、という意味で命名したそうです。

これまでの「営業でのストーリー活用」の多くは「ストーリーテリング」だけだった

これまで、多くの本や記事で書かれていた「営業でのストーリー活用」の主軸は、2つ目の「ストーリーテリング」のことであることが多かったように思います。「営業の目線ではなく、顧客の目線で語るべし」「活用事例だけでなく、顧客が自社と出会って導入を決定するまでの経緯も語るべし」「成功だけでなく、その手前で困難に直面してそれを克服した話を盛り込むべし」といったノウハウをご存じの方も多いのではないでしょうか。

これまでにない「顧客自身のストーリーを顧客に話してもらう」ストーリーシーキング

これまで多くの人が主張していた「営業でのストーリー活用」と、マクレランド氏の「ストーリーセリング」の最大の違いは、2つ目の「ストーリーテリング」の前後、その中でも特に3つ目の「ストーリーシーキング」があることだと思います。

1つ目の「ストーリーキャッチング」は、呼び方は様々あれど、要は「顧客の関心を集めてからストーリーを話そう」ということなので、その必要性を主張している方はいらっしゃいます。しかし、3つ目の「顧客自身のストーリーを顧客に話してもらう」というのは、私自身もマクレランド氏の講演を聞くまで見聞きしたことがなく、とても新鮮に感じたのです。

顧客にも独自の状況・課題があって、語るべきストーリーを持っている

なぜ「顧客自身のストーリーを顧客に話してもらう」のが新鮮に感じられるかを考えたのですが、これまでの営業におけるストーリー活用には、「語るべきストーリーを持っているのは営業で、顧客はそれを聞くだけの受け身の存在」という仮定が暗黙のうちに置かれていたように思います。そのため、顧客の関心を集めてからストーリーを伝えたらそれでおしまい、となっていたのです。

しかし、マクレランド氏の「ストーリーシーキング」の根底には、本人は明確には語っていませんでしたが
「顧客には顧客独自の状況・課題があり、語るべきストーリーを持っている」
「営業のストーリーに対する答えが『No』であれ『Yes』であれ、顧客のストーリーを知っておくことが大事」
という基本的な信念・スタンスがあるように思うのです。

そのため、営業が自分のストーリーを話したその次に、顧客がどんな状況にあってどんな課題に直面していて、今までにどんな努力をしてきたか、そして、営業の提案に対してどんな基準・根拠でどう判断しようとしているかのストーリーを話してもらう。もし顧客のストーリーが「No」や「悩み中」であれば、その疑念を解消して課題解決/購入につなげる必要がありますし、顧客のストーリーが「Yes」であったとしても、顧客の社内でOKがもらえるものになるようにブラッシュアップする必要があります。マクレランド氏はこのことを著書の中で「ストーリーのハッピーエンドを再構築する」と表現しています。顧客の現状のストーリーを聞き出して、それがお互いにとって前向きなものになるようにシナリオを一緒に書き直すのです。

顧客中心営業と相性が良い「ストーリーセリング」

この「顧客のストーリーを重視しよう」という考え方は、顧客が自らWebで情報収集し、購買プロセスを自分たちで進めていく現在の「顧客中心営業」という状況では、特に重要になっています。

営業がプロセスを主導していたころは、顧客のストーリーと営業のストーリーは非常に近く、顧客が課題を見つけた直後に営業に声がかかって顧客のストーリーに登場することができました。しかし、現在は顧客が営業に連絡する前に、顧客が購買プロセスの前半部分を独自で進めていますから、営業は顧客のストーリーの中盤から終盤にならないと登場できません。

顧客が購買プロセスを自主的に進め、営業は横から顧客を支援するという「顧客中心営業」の時代では、営業は自分のストーリーを語るだけでなく顧客のそれまでの購買ストーリーを聞きだして、それがハッピーエンドになるように再構築すべきというマクレランド氏流のストーリーセリングはとても相性が良いように思います。

営業のストーリーだけでなく顧客のストーリーをもっと意識しよう

営業でのストーリー活用というと、ついつい自分たちのプレゼンテーションを事例仕立てにしさえすれば説得力が高まるはずだと思ってしまいがちです。しかし、そのようなスタンスだと自分たちのストーリーは伝わるかもしれませんが、目の前にいる顧客が主人公の「顧客のストーリー」に自分たちが出演できなかったり、一緒にハッピーエンドを迎えられなくなったりしてしまいます。

顧客のストーリーの中でハッピーエンドをともに迎えるためには、顧客のこれまでのストーリーを意識・努力して聞き出す。そして、解決策の導入と課題解決というハッピーエンドを迎えるためになにが必要なのかを明らかにして、これからのストーリーを再構築する。ストーリーセリングを成功させるためには、営業のストーリーだけでなく、顧客のストーリーをもっと意識しなければならないということを、マクレランド氏の講演と著書は私たちに教えてくれているように思うのです。

参考:
「What‘s Your Story」(Bernadette McClelland, Founder of The StorySELLING Philosophy, Outbound 2022)
「The Art of Commercial Conversations」(Bernadette McClelland, Sales Leaders Global P/L, March 20, 2019)