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「セールスイネーブルメント」という言葉が日本のB2B営業でも、認知されてきているようです。
ブレーンバディ社が2021年9月に実施した「セールス組織に関する調査」によると、B2B営業の経験がある回答者の51%がセールスイネーブルメントという言葉を「知っている」(「理解している」または「聞いたことがある」)と回答。また、イノベーション社が同年11月に実施した「セールスイネーブルメントに関する調査」では、49%の回答者が「知っている」と回答したとのこと。

今回のトライツブログでは、B2B営業に関わる多くの人に知られるようになった「セールスイネーブルメント」の最新状況について、日本と海外を比較しながらまとめてご紹介します。セールスイネーブルメントの今はどうなっているのか、そしてこれからどこに向かおうとしているのか。B2B営業・マーケティングの企画や育成に関わる方は、ぜひお読みください。

「セールスイネーブルメント」のもともとの意味と都合よく置き換えられた意味

半分近くの方に認知されている「セールスイネーブルメント」ですが、もともとの考え方は「営業活動を段階・プロセスごとに分解し、それぞれの段階・プロセスで使われるコンテンツやツール/システム、関連する研修などの各種施策を評価・改善して全体の生産性を高めよう」というものです。この考え方から派生して、施策ごとに様々なツール/ソリューションが活用されるようになっています。代表的なものを以下に挙げます。
「研修などの育成施策と営業成果を紐づけて分析・評価して、育成の投資対効果を高める」
「ホワイトペーパーや動画などのコンテンツの視聴状況を分析・評価して、営業生産性を高める」
「電話やWeb会議による商談の様子を記録・分析・評価して、営業生産性を高める」

このように、もともとは「各種施策を評価・改善して、営業活動全体の生産性を高める」はずのものが、研修やコンテンツ、Web会議などの施策の種類ごとに分割され、種類ごとの独立した評価・改善ツールになっている、というのが現状です。このようになっているのは、セールスイネーブルメントのツール/ソリューションを開発・提供している企業が、セールスイネーブルメントの範囲を自社のソリューションに合わせて都合よく狭めてしまっていることによります。

日本でのセールスイネーブルメントの普及を牽引しているSalesforce社が育成施策寄りなので、「セールスイネーブルメントは営業人材育成の取組だ」とだけ認識されている方も多いと思いますが、それは本来のセールスイネーブルメントの領域のうちのごく一部なのです。

これからセールスイネーブルメントの最近の潮流を見ていくのですが、もともとの「営業全体を対象とするセールスイネーブルメント」と、近年広まっている「施策種類ごとに独立したセールスイネーブルメント」という、2つの意味合いを頭に入れておいていただくとより理解しやすくなると思います。

潮流①「セールスイネーブルメントの分裂」

セールスイネーブルメントに起きた2021年の大きな出来事の1つに、B2B営業に関わるデジタルツールの一覧表「セールステック・カオスマップ(「2021 B2B Enterprise SalesTech Landscape」Nancy Nardin)から、セールスイネーブルメントの分類そのものが消えてなくなった、ということがあります。

これはどういうことかと言うと、ここ数年で雨後の筍のように乱立したセールスイネーブルメント・ツールの多くが、営業人材育成やコンテンツマネジメントなどの単体の施策に評価・改善ツールでしかなくなったため、1つの分類にまとめるのではなく、「営業人材育成」と「コンテンツマネジメント」という2つの分類名に分割して、「セールスイネーブルメント」自体をなくしてしまった、ということ。

この出来事に象徴されるように、セールスイネーブルメントが研修などの個別施策を対象とするツールとして専門特化した結果、「営業全体のセールスイネーブルメント」という本来の意味が失われつつある、ということが起きていました。

潮流②「セールスイネーブルメントの統合」

しかし、2021年にセールスイネーブルメントに起きた変化として、先ほどの「分裂」とは逆方向の「統合」というものもあります。これについては、Forrester Research社が2021年の年末と2022年の年明け早々に発表した2つの記事が詳しく紹介していますので、早速見ていくことにしましょう。まずは、年末に発表された「2021: The Sales Enablement Year In Review」の冒頭部分です。

セールスイネーブルメント・テクノロジー企業の買収が数多く行われ、2021年はセールスイネーブルメントの統合の年になりました。(中略)これは、様々なツールの機能が重複してきており、より少数のツールに意識を集中して営業活動したい、というユーザー側の思いとも合致するものでした。

続けて、年明けに発表された「2022 – Mutations In The Sales Tech Industry」です。2022年は「セールステック全般の統合が進むとともに、他のツールとの掛け合わせによる突然変異が加速する」と述べてから、特に大きな変異が起きつつある領域としてセールスイネーブルメントを挙げています。

従来のセールスイネーブルメント・ツールは、主に「コンテンツ」に焦点を当ててきました(訳注:欧米でのセールスイネーブルメント・ツールはコンテンツマネジメントに関するものが多い)。コンテンツは顧客の購買プロセス全体を通じて捕捉すべき重要な要素ではありますが、これだけでは営業全体に及ぼす価値が限られてしまいます。(中略)
コンテンツ情報を他の営業施策や顧客との対話データなどから得られた知見と組み合わせることで、営業活動の成功につながる活動やツールを特定できる、より情報量豊かな「宝の地図」を手に入れられます。コンテンツマネジメント・ツールを提供するMediafy社が、顧客との対話データの統合管理・分析ツールを提供するInsightSquared社を買収したという例のように、2022年にはセールスイネーブルメント・ツールを提供している各社の統合がより一層進むことでしょう。

この2つの記事から、個々の施策種類ごとに分断されたセールスイネーブルメント・ツールが統合し、施策の枠を超えた営業全体の生産性向上という本来の目的に回帰する、という大きな潮流が見えつつあります。

潮流③「セールスイネーブルメントの再構築」

そして、2022年にセールスイネーブルメントではもう1つの大きな変化が起きると言われています。CustomerThink社のレポート「B2B sales enablement trends 2022」では、その変化を以下のように述べています。

2022年のセールスイネーブルメントの最大のトレンドは、顧客中心営業への移行です。顧客中心営業とは、顧客の購買プロセスの全体を通じて、顧客とのすべてのやり取りが顧客のニーズを満たすものになるように再構築するということです。

セールスイネーブルメント・ツールが登場したのは2015年ごろ。そのころはまだかろうじて、B2B営業の主導権は営業担当者が握っていました。顧客が多くの情報をWebで得られるようになっていたものの、購買プロセスの初期から営業担当者に声が掛けられ、顧客と一緒になって課題や解決策の検討を進められていました。

しかし、特にコロナ禍以降は購買プロセスの主導権が顧客に完全に移りました。Webで必要な情報を集め、社内であらかた検討を済ませてから細かいカスタマイズの要望を伝えたり、見積を依頼したりするためだけに営業担当者を呼ぶようになりつつあります。この「顧客中心営業」という大前提に合わせて、セールスイネーブルメントのあり方を再構築しなければならない、というのがこのレポートのメッセージです。

海外の動きを参考にして、賢く「セールスイネーブルメント」を取り入れよう

これまでの内容をまとめると、これからの欧米のセールスイネーブルメントには
・施策ごとに細分化された機能・ツールが統合され、営業活動全体のイネーブルメントという原点への回帰
・「顧客中心営業」というB2B営業のニューノーマルに対応するための再構築

という2つの大きな変化が起きようとしている、ということになります。

その一方で現在の日本では、Salesforce社による「営業人材育成の投資対効果の見える化」以外にも、新興企業による「Web商談の記録・分析・評価」や「コンテンツの視聴状況の分析・評価」など、営業施策の種類ごとのセールスイネーブルメント・ツールが数多く発表されるようになってきています。これは数年前の欧米で起こっていたことそのものです。

この動きに対して、私たちはどう対応すればよいのでしょうか。
1つ目にやるべきことは、市場にこれから出てくる各種のセールスイネーブルメント・ツールについて学ぶ、ということ。どのような機能が実装されているのか、どのような成功事例が生まれているのか、Webやリアルの展示会などでの情報収集が必要です。

そして2つ目にやるべきことは、個別最適化されたツールをあれこれとつまみ食いするのではなく、本来のコンセプトに立ち返って営業全体の生産性向上という大きな文脈に当てはめていく、ということ。つまり、私たち自身で営業施策を俯瞰的に見て、全体としての生産性をどう向上させるのかを考えなければならない。しかも、「顧客中心営業」という大前提に基づいたものでなくてはならないのです。

海外での普及拡大から5年ほど経過し、日本でもB2B営業の当たり前になりつつある「セールスイネーブルメント」。この5年間に欧米で起こっている「専門分化」→「統合」&「再構築」という動きを参考にし、長い目で、かつ俯瞰的に見ながら賢く取り入れていきましょう。

参考:
2021: The Sales Enablement Year In Review」(Peter Ostrow et al., Forrester Research, Inc., December 14, 2021)
2022 – Mutations In The Sales Tech Industry」(Anthony McPartlin, Forrester Research, Inc., January 6, 2022)
「B2B sales enablement trends 2022」(Ole Goehring, CustomerThink Corp., December 19, 2021)