この記事を読むのに必要な時間は約 12 分です。

この1~2年で急速に普及・浸透しつつあるビジネス用語に「パーパス」があります。これは企業の存在意義や、社会に対してその企業がどのような貢献をしたいかを宣言するもので、今年(2021年)のビジネス書で最大のヒットであろう「パーパス経営」(名和高司著, 東洋経済新報社刊)では、「志(こころざし)」と訳されています。

最近では自社のパーパスを設定する企業が増えてきています。また、2021年3月に卒業した大学生を対象にしたアンケートでは、就職先企業を決めた理由のトップが「社会貢献度が高い」であり、「将来性がある」「給与・待遇が良い」などを上回るなど、パーパスが企業を見る尺度の1つとして広く定着しつつあることがうかがえます。

今回のトライツブログでは、パーパス経営がどういうものなのか、そして私たちB2B営業にとってどのような影響があるのかを、考えていきたいと思います。パーパス経営についてまだ勉強されていない方、顧客企業の中にパーパスを設定しているところがあるものの、それに対してどのように対応したらよいかを悩んでいる方は、ぜひお読みください。

パーパスが注目されるようになった背景

「企業の行動原則は利潤を最大化することであり、消費者の行動原則は効用を最大化することである」大学などで経済学を勉強した方は、最初の頃の授業でこのように習ったのではないでしょうか。また、経営学を勉強された方は「企業の目的はその所有者である株主の利益を最大化することだ」とも習ったかもしれません。これらに共通しているのが、各々の企業が会計上の利益や株主利益を追求することで、長期的に取引先や顧客、従業員の利益も最大化されるはず、という考え方です。

しかし、皆さんご承知のとおり、企業活動が大規模化して多くの資源を活用・消費するようになり、世界中で多くの従業員を雇用したり、様々な仕入先から調達するようになっている現在では、企業は単なる利益最大化だけを目指すものでなくなっています。企業の社会的責任(CSR)が問われるようになり、持続的な開発目標(SDGs)への取り組みも見られるようになるなど、ただ稼ぐだけでなく「正しく稼ぎ」「社会や環境に還元する」ことが求められるようになっているのです。

このようなトレンドの中で提唱されるようになったのが、今回のテーマである「パーパス」。自社はなんのために存在していて、社会にどのように貢献するのかを問われるようになってきています。

そのため、この1~2年で「パーパス」というタイトルを冠した経営書が量産されており、DIAMONDハーバードビジネスレビューでも何度も特集が組まれています。そして、このトレンドは海外でも同様で、米国の経営者向けの雑誌&WebメディアであるChief Executive.netでも、パーパスを設定してそれを軸にマネジメントするためにどうすればよいかという記事が多く掲載されています。

パーパスを構成する「5つのP」とは

その中でも最新の記事「New Data Shows How The Pandemic Disrupted Companies’ Higher Purpose」(最新データに見るコロナ禍が企業のパーパス・ブランディングに与えた衝撃)では、消費者のパーパス認知度の最新調査だけでなく、企業のパーパスの構成要素をデータをもとに抽出・モデル化しています。ここで紹介されているモデル「5つのP」が、パーパスの対象をイメージしやすく、かつ網羅性も十分なものになっていますので、これをもとにパーパスが具体的にどのようなものなのか、そして世界の経営者が何をパーパスとして設定しているのかを見ていきましょう。

1. 製品(Product)
最も重要な要素であり、日常生活をより良くするだけでなく、社会に積極的に貢献する製品やサービスを提供することを表しています。(中略)ユニリーバは、数年前から「サステナビリティを当たり前のものにする」というパーパスを公表し、それに基づいて行動しています。

適切な原材料を使い、適切な環境下での労働力を用い、リサイクルなどを意識したものとして作られているか、というように製品そのものが企業が定めるパーパスに合致したものになっていなければなりません。そして、合致していれば製品が最大のブランディングツールとなります。

2. 進歩(Progress)
これは「人類の進歩のために積極的に革新を起こす」というもの。(中略)イーロン・マスクのスペースX社は、「人類を多惑星化する」というパーパスが評価され、この要素のスコア第1位となりました。

人類の進歩というと壮大ですが、早期にコロナのワクチンを開発した製薬企業が高く評価されるなど、人々のための貢献を測る指標として不可欠の要素です。

3. 地球(Planet)
製品やサービスがサステイナブルなものであり、環境に配慮した事業を行うことです。この要素で予想外の高評価を得ているのがLEGOです。「明日の建築家にインスピレーションを与え、発展させる」というパーパスのもと、2025年までにすべてのパッケージを、2030年までにすべてのレゴ製品を再生可能またはリサイクル素材で作ることを約束しています。

ゼロカーボンやリサイクルなどを通じて、資源の維持や環境破壊の阻止につなげようというのがこれに当てはまります。メーカーの場合は、1. 製品とも重複することが多いでしょう。LEGOの場合は、プラスチック製品に紙箱という組み合わせですので、この分野での貢献が特に評価されたのだと思います。

4. 人(People)
従業員および地域社会を大切にすること。(中略)ここで注目すべき企業は、鶏肉専門のファストフード店であるチックフィレイ社です。同社のパーパスは「私たちに託されたすべてのものを正しく扱うことで神を讃え、チックフィレイに関わるすべての人々に良い影響を与えること」であり、コロナ発生時にはすぐに営業を停止しドライブスルーを使って地域社会に予防接種を実施するなど、迅速な行動をとりました。

5. 前向きな変化(Positive Change)
これは、LGBTの権利への配慮や、男女平等の推進、人種的マイノリティの権利の支持などの「社会正義の支持」と、社会的な運動への賛同などの社会的活動への関与を意味します。

この「前向きな変化」に熱心に取り組んでいるのが、皆さんよくご存じのSalesforce社です。2020年に出版された「トレイルブレイザー:企業が本気で社会を変える10の思考」では、社内でのジェンダー平等やダイバーシティの推進などにCEOのマーク・ベニオフ自らが積極的に取り組んでいることを熱く綴っています。

パーパス経営は私たちB2B営業に及ぼす変化

それぞれの企業が「環境や社会に配慮する」「人類の進歩に貢献する」「従業員や地域社会を大切にする」「社会正義を実現する」・・・このようなパーパスを設定し、ビジネスを通じてその実現に取り組もうとしています。それでは、このパーパスはB2B営業に取り組む私たちにとって、どのような変化をもたらすのでしょうか。

1つ目として起きているのが、取引の条件が厳しくなるということ。
今年(2021年)の7月に新疆ウイグル自治区の綿製品が強制労働によって生産された疑いがあるということで、各衣料品メーカーが仕入先を急遽変更するということがありました。この動きは欧米政府当局からの警告でスタートしましたが、今後は各企業が自ら仕入先やその先をチェックし、取引を続けて良いかを判断するようになるでしょう。そのために、営業としては顧客企業やさらにその先の企業がどのようなパーパスを設定しているか、それに自社の製品や事業内容などが適合しているかを確かめる必要があります。

そして、2つ目の影響として今後考えられるのが、各企業が自社のパーパスに適した企業と優先的・長期的に取引をするようになるということです。
これはパーパス経営という言葉が生まれる前に私が経験したことなのですが、ある食品メーカーを食品素材メーカーが攻略する際に両社の創立の理念を調べていたら「国民の健康と栄養に貢献する」と共通していることがわかりました。そこで、「同じ理念を持つメーカー同士で一緒に新商品開発をしましょう」とプレゼンテーションをしたところ、新たな取組のスタートにつながったのです。

しかも、これまで顧客における現場の「ニーズ」や「業務課題」を切り口に提案をしていたのが、企業としての「理念」にフォーカスしたことで話の範囲が拡がり、後の商談の規模も大きくなりました。

このように、顧客のパーパスと自社のパーパスが重なっていたり、または顧客のパーパス実現を自社が後押しできるというのは、顧客がパートナー企業を選定する際に大きなポイントとなり得ますし、目先の業務課題を軸に提案するよりも、商談規模を大きくしたり、顧客の組織を大きく動かすことにつながることもあるのです。

そこで、これからの営業は「顧客のパーパスを知り、自分たちのパーパスを語れるようになろう」ということです。これから顧客企業は社会にとってどんな貢献をしたいと考えているのか。そして自分たちはその顧客のパーパスに対してどんな貢献ができると考えているのか、この2つを意識して顧客攻略のシナリオを考え、メッセージとして伝えることがより重要になってくると思います。

パーパスを営業の武器にしよう

ちなみにパーパス経営というのは、言葉こそ新しいですが、実は私たち日本人にとって完全に目新しい概念ではありません。「企業は社会の公器である」という言葉を松下幸之助翁が残していますし、もっと古くは「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし」という言葉もあります。社会や環境に対して還元・貢献することは、日本の企業にとってなじみのある考え方であり、そのために多くの日本企業が自社のパーパスを明文化し始め、企業を取り巻く人たちがそれを重視するようになっているのだと思うのです。

企業が何をしているかだけでなく、なぜその事業をしているのかによって、消費者や投資家、従業員、取引先、地域社会から選ばれ、支持されるという時代になりつつあります。そしてそのような時代では、私たちB2B営業も、顧客企業のパーパス実現をどう後押しするかを明確に伝える「営業のパーパス」によって選ばれる、ということが普通になってくる可能性が十分にあります。その時に備えて、私たちも自身のパーパスを磨いていつでも使える武器にしておく必要がある。昨今の「パーパス」の盛り上がりを見ていると、そのように思われてならないのです。

最後になりましたが、私たちトライツコンサルティングは「それぞれの企業に最適なやり方で営業改革を加速させ、営業という仕事をもっと楽しいものにしたい」という思いを持っています。営業改革に取り組みたいという方、そして営業を楽しいものにしたいという思いをお持ちの方のお役に立てるよう、これからも情報発信を続けていきますので引き続きよろしくお願いいたします。

参考:「New Data Shows How The Pandemic Disrupted Companies’ Higher Purpose」(Chip Walker, Chief Executive Group, LLC, October 8, 2021)