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皆さんの営業にマニュアルはありますか。
このような質問を様々な営業組織にしたとき、以下のような答えを聞くことがよくありました。
「そんなものは見たことがない」
「随分前に作ったものがあるけど、メンテナンスされていないし誰も使っていない」
「新人が配属されるタイミングでいろんな人が自作しているけど、中身はバラバラ」

多くの企業できちんと整備されていることが稀な営業マニュアル。それがない企業の営業の方からは「ウチの営業はマニュアル化できないよ」という声もよく聞きますが、本当に営業マニュアルは要らないもの、使えないものなのでしょうか。改めて「営業マニュアル」について考えてみたいと思います。

営業マニュアルがもたらす「3つの価値」

そもそも、営業マニュアルにはどのような価値をもたらすのでしょうか。これまで色々な企業で営業マニュアル作成を支援してきた経験から私が感じている価値は、3つあります。

1つ目は、当たり前ですが「作業品質の向上」です。営業の手順や資料などの作成方法を定め、それに従って作業することで、一定以上の水準を確保することを目指しています。

2つ目は、「生産性の向上」です。これまでの成功事例や自社の得意技を手順化・標準化することで、商談を発掘する割合や受注する割合を高めることを目指すというもの。これも当たり前の話です。

そして3つ目は、「営業文化の土台作り」です。新人や異動者が配属されたときなどに、自社/自組織の営業の手順やマインドを共有することで、自分たちの営業の文化を伝える媒体としての働きを営業マニュアルは担っています。この3点目は、重要なのに軽視されていることが多いように思います。

営業マニュアルがもたらす「営業文化の土台作り」について、一つのエピソードがあります。

ある企業の営業組織の話なのですが、そこではマネージャーが代々「必勝パターンの提案書」の作り方に則って商談を進めており、5年ほど継続してその企業の中でもトップクラスの成績を収めていました。しかし、その組織で好業績が続いたことで、マネージャーが短期間で出世したり本社の営業企画に異動したりするようになったため、「必勝パターンの提案書」が徐々に形骸化していきました。

それが持つ基本的な考え方や、大切なマインド、作り方のポイントなどがマニュアル化されていなかったため、人の異動と共に内容も品質もバラバラの提案書になってしまい、今では業績達成に苦心しているそうです。これなどは、根付きつつあった営業文化が失われてしまった事例だと言えるでしょう。

文化というと、普段は意識することもなく、当たり前にあるものだと思ってしまいがちですが、それを継承していく土台がないと失われてしまいます。営業の手順やマインドを記している営業マニュアルは、それを通じて自分たちの営業の文化を伝えるものでもあるのです。

営業マニュアルがない組織はデジタル化のメリットを受けられない⁈

このような3つの価値をもたらすものの、営業現場には営業マニュアルについて否定的・懐疑的な人が多くいるのも事実です。「マニュアルは分厚くて退屈なもの」と毛嫌いしている人もいれば、「ウチの営業は特殊」「ウチの営業は手順化できるような単純なものじゃない」という人も大勢います。

しかしながら、その結果として営業の仕事が属人化し、ブラックボックスとなっています。なんとなく皆が同じような営業している気にはなっているものの、その実はめいめいがバラバラの仕事をしていて非効率になっているとか、人の育成に時間が掛かるというようなことが少なくありません。

そして、営業マニュアルが存在しないことはそれだけの問題にとどまらないのです。

営業マニュアルを作るためには、「商談」や「受注」といった用語が定義され、標準的な作業のステップやツール類が整理・構造化されていなくてはなりませんが、それがないということは、全てが「あいまい」なまま、「なんとなく」判断されています。

例えば、商談の進捗をマネジメントしようとしても、「商談」という言葉が定義されていないのでメンバー各人が想像している「商談らしき何か」をマネジメントするだけになっているのです。

また、営業のブラックボックス化への対策として、SFAを導入し、営業担当者に情報入力させようとする企業が多いですが、明確な考え方やルールのない中で営業担当者が上司に伝えたいことをダラダラと書いたテキストを蓄積し、分析しても何も見えてきませんし、ブラックボックス化は解消しません。

営業におけるデジタル活用の流れは、活動を「計測」して売上などの成果を「予測」し、より生産性が高くなるように次の活動を「最適化」するのがトレンドになっています。しかし、その前提は「営業という人間の活動が構造化できており、それに基づいてデータ化されている」ことなので、それができていないということはデジタル化のメリットを受けれられないことになってしまいます。

「特殊で複雑な営業だからマニュアル化できない」は本当か?

それでは、「特殊」で「複雑」な営業をマニュアル化することは可能なのでしょうか。

結論から言いますと、可能です。色々な企業で営業マニュアルを整理・制作してきましたが、どこの営業でも用語を定義し手順を構造化することは可能ですし、それを分かりやすく1冊の冊子にまとめることもできます。

もちろん、営業の業務の中には創造的なものがあるのも事実。それはマニュアル化よりも、いろいろなアイデアをナレッジとしてデータベース化する方が向いています。ただ、それを理由に全面的にマニュアル不要としてしまうのはナンセンスです。そのように主張する営業担当者であっても、実際のところ日々行っている業務のほとんどはパターン化できるものなのです。

大事なのは、「ウチの営業は特殊で、手順化できるような単純なものじゃない」と思考停止に陥らずに、業務をちゃんと区分けして、標準化・体系化に取り組むことです。

ある企業では、顧客の商品を開発・製造する工場機能をサービスとして提供しています。その営業はかなり複雑で、開発・製造する商品によって提案内容も異なりますし、社内で手配する商品開発や製造の体制も異なります。また、商品開発にはつきものの分析・評価・審査の内容やそれに必要な書式も、商品の種類・形状・原料によって違ってきます。顧客へのサービス提供開始に向けて、これらの開発・製造・審査などの業務をコーディネートし進捗管理するのがこの企業での営業の仕事でしたが、煩雑で入り組んでいるため十分にマネジメントすることができず、作業や書類の抜け漏れが頻繁に発生していました。

このため、営業マニュアル作りのプロジェクトの初期には、開発部門からも品質保証部門からも「ほぼ一品一様で開発・製造を行うウチの営業をマニュアル化するのは不可能」とハッキリ(しかも何度も)言われてしまったのですが、皆で実際に開発・製造している商品を棚卸してパターン分類したことで、ちょうど10種類の標準手順にまとめることができました。現在その企業では、10の標準手順を必要に応じてアレンジしながら業務を進めており、今まではできなかった営業のマネジメントにも取り組んでいます。その結果、以前であれば発生して問題になっていたであろう作業の抜け漏れを事前に察知して予防できるようになり、事故やトラブルの件数が目に見えて減少しているそうです。

普段使っている言葉の定義や手順の構造化から始めよう

日本の品質管理に大きな影響を与え、デミング賞でも有名な統計学者のW・エドワーズ・デミング博士の言葉に次のものがあります。
「定義できないものは管理できない。
管理できないものは測定できない。
測定できないものは改善できない」
この言葉は、モノづくりだけでなく営業にも通じると私は思います。営業で使われている用語を定義し、手順を構造化することから、営業マニュアル作りはスタートしますし、それをしなければ営業という仕事の品質向上や生産性の向上を図ること、そして自社の営業が大事にしていることを若い世代に継承していくことは難しいでしょう。

大事なのは、「ウチの営業は特殊だ」「複雑で手順化できない」と諦めたり、また今やっている作業をいきなり資料にまとめようしたりせず、普段の作業の背景に隠れている規則性やパターンを浮き彫りにすること。そして、普段あいまいなまま使っている用語をきちんと定義すること。一見地味で遠回りなように見えますが、本当に役に立つ営業マニュアル作りのためには言葉の定義や手順の標準化・体系化というものは決して欠かせないのです。

トライツコンサルティングでは、営業マニュアルの作成やそのために必要な営業の標準化・体系化のサポートも行っています。「営業の品質を高めたい」「生産性を向上したい」「営業担当者教育のベースとなるものを作りたい」とお考えの方は、ぜひご相談ください。