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多くの企業が営業組織の強化を掲げ、SFA(Sales Force Automation:営業支援システム)の導入に踏み切ります。その際、目的として必ずと言っていいほど挙げられるのが、営業プロセスの「可視化」「標準化」、そして「効率化」です。
しかし、そこで「可視化・標準化すべき『営業プロセス』とは具体的に何を指すのか?」ということはあいまいなままプロジェクトが進み、結果として期待した成果が得られないケースが後を絶ちません。
そこで今回は、SFA導入における最大の陥りやすい罠と、それを乗り越えるために再定義すべき「営業プロセス」の本質について、歴史的背景や現場の実態を交えて考察します。
営業スタイルの変遷と「プロセス管理」の歴史
かつて、日本のB2B営業における「プロセス」は比較的単純なものでした。顧客のもとへ足を運び、何らかのニーズを聞き出すと、それに対応する商品のカタログを広げ、見積書を提出する。極端に言えば、これだけで商談が成立する時代がありました。
しかし、市場が成熟し、単なるモノ売りでは価格競争に巻き込まれるだけという状況が生まれます。そこで求められるようになったのが、いわゆる「ソリューション営業」への転換です。顧客の表面的な要望だけでなく、背後にある経営課題や業務課題を深くヒアリングし、自社の商品を活用することでその課題がどう解決されるのか、どのような投資対効果(ROI)が生まれるのかを資料にまとめ、プレゼンテーションを行う。営業は単なる御用聞きから、課題解決のパートナーへと進化する必要に迫られました。
この大きな転換期において、営業プロセスをマネジメントすることには非常に大きな意義がありました。「課題ヒアリング」「デモ実施」「提案書提出」「クロージング」といったフェーズを定義し、営業担当者が今どの段階にいるのかを管理する。これは、モノ売りからコト売りへの脱皮を図る上で不可欠な矯正ギプスのような役割を果たしたのです。
「ブラックボックス」への不安とSFA導入の動機
時が流れ、現在では「課題解決型」の営業スタイルは一般的なものとなり、多くの営業担当者が当たり前のように提案活動を行っています。かつてのように、ヒアリングや提案といったフェーズそのものを細かく管理・指導する必要性は、以前ほど高くなくなっています。
では、今、企業は何のプロセスを可視化し、標準化しようとしているのでしょうか。
多くの経営者や営業マネージャーの本音を探ると、そこには「不安」が見え隠れします。「営業担当者が外に出たら何をしているのかわからない」「パソコンを開いてカチャカチャとやっているが、具体的に何の作業をしているのか見えない」。この、営業活動が「ブラックボックス化」している状況を何とかしたいという焦燥感が、SFA導入の強力なドライバーになっているように思われます。
「見えないものを見えるようにしたい」。その動機自体は間違っていません。しかし、プロセスの定義があいまいなまま、ただ「活動を記録させる」ことだけを目的にシステムを導入してしまうと、どうなるでしょうか。
「電子版営業日報」と化したSFAの悲劇
残念ながら、多くの企業でSFAは「高機能な電子版営業日報」に成り下がっています。
営業担当者は、一日の終わりに「今日の活動」を入力し、上司への報告義務を果たす。さらに、月次の営業会議で商談の進捗一覧が必要となるため、会議のためだけに別途時間をかけてデータをメンテナンスする。これでは、SFAは営業担当者にとって「活動報告システム」以外の何物でもありません。
確かに、これによって「営業活動の可視化(=上司が部下の動きを知ること)」は達成できるかもしれません。しかし、当初の目的であったはずの「標準化」や「効率化」はどうでしょうか。報告業務が増えるだけで、営業担当者の時間は削られ、本来注力すべき顧客との対話がおろそかになる。本末転倒な状況が生まれています。
この状況をSFAベンダーに相談すると、決まってこのような答えが返ってきます。「スマートフォンアプリを使えば、移動中に音声入力で活動報告ができて効率的です」。
しかし、これは本質的な解決策ではありません。入力の手段がキーボードから音声に変わったところで、「報告のためだけの作業」であることに変わりはないからです。ここで欠落しているのは、ツールの機能の問題ではなく、「営業プロセス」というものの捉え方そのものなのです。
営業プロセスを構成する「3つのプロセス」
SFA導入を成功させるためには、営業プロセスを単一の「顧客への売り込み手順」として捉えるのではなく、以下の3つのプロセスに分解して考える必要があります。
①顧客向けプロセス(対顧客):商談、提案、折衝など、顧客との直接的な接点。
②マネジメントプロセス(対自分・対上司):目標管理、行動計画、予実管理。
③社内業務プロセス(対社内):見積作成、受注処理、稟議、経費精算など。
これまでのSFA導入の多くは、①の「顧客向けプロセス」の可視化に偏重していました。しかし、現代の営業現場で真に改革が必要なのは、実は②の「マネジメントプロセス」と③の「社内業務プロセス」なのです。
最も重要な「セルフマネジメント」という視点
特に強調したいのが、②のマネジメントプロセスです。ここで言う「マネジメント」とは、上司が部下を管理することだけを指すのではありません。より重要なのは、営業担当者自身が行う「セルフマネジメント」です。
成果を上げているハイパフォーマーと呼ばれる営業担当者は、例外なくこのセルフマネジメントに長けています。彼らは独自の「型」と「リズム」を持っています。
- 期初のプランニング:今期の目標に対し、既存顧客と新規開拓のバランスをどう取るか、過去の商談データを整理し、重点攻略先を選定する。
- 週初のスケジューリング:月曜日の朝、どの情報をチェックし、今週のアポイントをどう埋めるか。優先順位をどうつけるか。
- 顧客訪問前の準備:直前の商談履歴、顧客企業の最新ニュース、競合の動きなど、どの情報をチェックして仮説を立てるか。
- 訪問後の振り返りとネクストアクション:得られた情報をどう整理し、上司へ簡潔に報告し、次の打ち手をいつに設定するか。
これらの一連の思考と行動のサイクルこそが、営業の生産性を左右する「マネジメントプロセス」の実体です。
しかし、多くのSFAはこのセルフマネジメントを支援するようには設計されていません。必要な情報を得るためにあちこちの画面を開閉し、何回もクリックを繰り返さなければならない。これでは、思考のリズムが分断され、セルフマネジメントを行う意欲すら削がれてしまいます。
理想的なSFA:活動報告ツールから「ナビゲーション」へ
もし、SFAが単なる入力フォームの集合体ではなく、ハイパフォーマーのセルフマネジメントを再現する「ナビゲーター」として機能したらどうでしょうか。
管理者が「管理したい項目」を羅列した画面を作るのではなく、営業担当者が「成果を出すために見たい情報」が自然と目に入るUI/UXを設計するのです。
例えば、スマホでSFAを開くと、今週アプローチすべき顧客リストが自動的に表示される。訪問予定の顧客名をタップすると、過去の経緯や、提案すべき類似事例がポップアップされる。「そろそろこの顧客に連絡を取ってみてはどうですか?」とシステムがリマインドしてくれる。訪問後は、選択肢をタップするだけで報告が完了し、自動的に次のタスクがカレンダーに登録される。
このように、情報を見て自分で気づくだけでなく、ベストプラクティスに基づいた「次のアクション」へのナビゲーション機能が備わっていれば、標準化と効率化は劇的に進みます。
この時、管理者の役割も変わります。上司は、部下が入力した日報を監視して粗探しをするのではなく、部下がシステムを使って行っているセルフマネジメントの状況を横から静かに見守るのです。そして、部下の思考が停滞している時や、誤った方向に進みそうな時にだけ、必要に応じてアドバイスを行う。これが、SFA時代のあるべきマネジメントスタンスです。
忘れられがちな「自動化(Automation)」の原点回帰
そしてもう一つ、忘れてはならないのが③の「社内業務プロセス」です。
昨今、コンプライアンスの強化やセキュリティ基準の厳格化に伴い、営業に関連する社内手続きは複雑化する一方です。与信管理、反社チェック、契約書の法務確認、複雑な見積承認フローなど、営業担当者が内向きの仕事に忙殺される時間は増え続けています。
ここで改めて、SFAという言葉の原点に立ち返る必要があります。SFAは “Sales Force Automation” の略です。30年ほど前、工場のFA(Factory Automation)やオフィスのOA(Office Automation)と同様に、営業活動においてもITを活用した「自動化」を目的として誕生した概念です。
「日報をデジタル化する」といった矮小化された目的ではなく、改めてこの「Automation(自動化)」にフォーカスする必要があります。
社内業務プロセスを徹底的に洗い出し、SFA上で自動化できる部分はすべて自動化する。例えば、顧客情報を入力すれば反社チェックが自動で走り、見積条件が規定内であれば承認フローをスキップして即座に見積書が発行される。経費精算もカレンダーの訪問記録と連動して自動生成される。
このように、③の社内業務プロセスを極限まで効率化・自動化することで、営業担当者が顧客と向き合うための時間を創出することこそが、SFAの本来の役割なのです。
工場に学ぶ「業務設計」の重要性
工場で新しい生産管理システムを導入する際、今の作業手順をそのままシステムに置き換えるようなことはしません。必ず、最も効率的で無駄のない動線や工程を綿密に設計(BPR)した上で、それに合わせたシステムを導入します。
営業においても全く同じことが言えます。SFAの導入時、顧客向けの対面プロセス(①)の設計は行われることが多いですが、営業担当者の頭の中で行われるマネジメントプロセス(②)や、バックヤードで発生する社内業務プロセス(③)の設計は、残念ながら欠落しがちです。
実はここに、SFAを入れても現場が楽にならず、むしろ生産性が低下するという問題の根本原因があります。
「営業活動報告システムを入れる」という意識を捨て、工場のラインを設計するような緻密さで、営業担当者の「思考のプロセス(セルフマネジメント)」と「作業のプロセス(社内業務)」を再設計する。そして、それを支援・自動化するための基盤としてSFAを構築する。
この視点の転換こそが、可視化・標準化・効率化という本来の目的を達成し、営業組織を次のステージへと進化させると思います。
