トライツコンサルティング株式会社

コロナ禍で価値観が変わった世界・変わらなかった日本

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マーケティングの世界では、個人消費者をターゲットとするB2Cと企業をターゲットとするB2Bの垣根がどんどん低くなっています。その主な要因が、Webなどのデジタル活用の浸透です。

B2Cでは、TVや雑誌などのマスメディアだけでなくWeb上でもPRするようになり、個々の店舗/ブランドがWebページを持ち、Amazonなどに出店するのが当たり前になっています。B2Bでも、各企業がWebマーケティングを取り入れており、Amazonビジネスといった企業向けマーケットプレイスが広がりを見せるなど、B2CとB2Bの垣根が低くなっています。

そして単に垣根が低くなっているだけでなく、B2Cで起きた変化がB2Bにも波及するようになっています。FacebookやTwitterを使ったSNSマーケティングの広がりもそうですし、先ほど紹介した企業向けマーケットプレイスなどはその最たる例でしょう。つまり、B2B市場にいる私たちにとって、B2C市場で起きている変化は決して対岸の火事ではなく、近い将来にB2Bで起きる変化そのものである可能性が高いのです。

そこで今回のトライツブログでは、コロナ禍の中でB2Cの購買動機の世界的な変化と、日本市場の特殊性について考えてみたいと思います。今後日本のB2B顧客の購買動機がどのように変化するのか、学ぶことにしましょう。

パンデミックによって世界中の消費者に起きた購買動機の変化

今回ご紹介するのはコンサルティング会社アクセンチュアの最新レポート「Life Reimagined : Mapping the motivations that matter for today’s consumers」。これは世界22か国の2万5千人以上の消費者を対象とした大規模な調査レポートで、コロナによって人生の価値観が大きく変わり、その結果として「値段」と「品質」という従来の購買動機以外に、新たな動機を持つ消費者が増えたというものです。早速中身を見ていきましょう。

調査の結果、全世界平均では50%の消費者が、パンデミックによって人生の目的を見直し、人生において何が重要かの認識を新たにしたと回答しています。これらの消費者は、パンデミック以前から購買習慣が変化しています。

このレポートでは、人生の目的や価値観が変化したと回答したのが50%、変化しなかったと回答したのが17%、わからないと回答したのが33%だったと紹介しています。そして、この50%の層において購買動機に大きな変化が起きているというのです。

消費者の意思決定において、「価格」と「品質」はこれまでずっと主要な購買動機であり続けてきました。しかし、人生の目的や価値観が変化した50%の消費者の中では、その影響力が弱まってきています。(中略)
この50%の消費者には、「価格」と「品質」以外に5つの重要な購買動機があることがわかりました。自分が利用している商品・サービス、企業のことを以下の5つで評価し、良いものだと感じたい、自信を持って利用したいと考えています。
・健康・安全
・簡単・便利
・商品の由来
・信頼・評判
・個人的なサービスとサポート

5つの新しい購買動機を見て「それはそうだ」と納得した方も多いのではないでしょうか。感染対策など「健康・安全」に気を付けている店舗を利用したいというのは、コロナ以降の当たり前の習慣になっています。非接触の決済や、すぐに商品を届けてくれることなど、「簡単・便利」についてのニーズも高まっています。日本でも新疆ウイグル自治区産の綿製品が強制労働によるものだという疑いが報じられたなど、「商品の由来」を含む企業の「信頼・評判」が今まで以上に注目されるようになっています。そして、私たち一人ひとりに寄り添って「個人的なサービスとサポート」を提供してくれることがどれだけ気持ちの良いことか、外出や消費の機会が失われたことで再認識したという方もいらっしゃることでしょう。

もちろん比較サイトを見て安く売っているところを探したり、利用者のレビューを読んだりといった、「価格」と「品質」をチェックするという行為は今後も続くでしょう。これら以外にも先の5つの購買動機を消費者が意識するようになる、というのは納得の調査結果だと思います。

コロナでも価値観の変化が起きていない「日本」

しかし、このレポートの本当に面白いところは別にあります。先ほど、「人生の目的や価値観が変化したと回答したのが50%、変化しなかったと回答したのが17%、わからないと回答したのが33%」とご紹介しましたが、これは全世界平均で見た割合。これを22の国ごとに分けると、とても興味深いものが見えてきます。

表の上から「変化した」という回答が多い国が並んでおり、一番下に価値観が最も変化しなかった国・日本があります。この調査が行われたのが2020年12月から2021年2月ですので、上の方に位置している国は2020年中に大きな感染爆発が起きていたり(ブラジル、インド、スペイン、イタリア)、感染拡大の初期から厳格なロックダウンを実施したり(マレーシア、アラブ首長国連邦、中国、シンガポール)とコロナによる影響が大きく、それが価値観の変化につながったものと思われます。

その一方で、「変化した」の回答が少ない表の下の方には、日本や北欧諸国にドイツなど2021年初頭までは感染爆発を起こさずに、かつロックダウンを短期間で緩和できたなど、コロナによる社会生活への影響を抑え込んできた国が並んでいます。また、日本のデータのもう1つの特徴は「わからない」という回答の割合が群を抜いて多いこと。これは、「価値観が変化しましたか」というこのアンケートの質問自体がピンときていない、ということではないかと思うのです。このように考えると、一概に「価値観が変化していないからダメ」「遅れている」ということではなく、価値観が変わってしまいかねないほどのパンデミックに対してうまく対応してきた結果であると言えるのかもしれません。

また、このレポートでは中盤以降に5つの新しい購買動機のそれぞれについて詳しく解説し、重視すると回答した人が多い国を紹介しているのですが、日本が出てくるのは「健康・安全」のみ。このことからも、日本では感染予防・衛生対策として「健康・安全」には気を遣って行動するようにはなったものの、他の価値観を重視するような変化を経験している人は多くない。つまり、このレポートが主張しているような購買動機の変化は少数の人でしか起きていない、ということだと思うのです。

「行動は適応するが価値観は変わらない」が営業DXの足かせになる?

手指消毒にマスク着用、ソーシャルディスタンスの確保や密の回避、そしてリモートワークなど、私たちはこのコロナに対応して多くの行動変化を取り入れてきたことで、価値観が変わってしまうような感染爆発や厳しく長いロックダウンを防ぐことができたと言えるでしょう。しかし、この「行動ではしっかり適応するが、価値観はなかなか変わらない」という日本の特性は、コロナをきっかけとして加速しようとしている「営業DX」の足かせになってしまう可能性があります。

コロナによって顧客はますますWebを活用して購買プロセスを進めるようになっています。営業担当者が主導権を握って商談を進めていたのはもう昔のことで、今や「顧客中心営業」という言葉が生まれているように、購買活動の主導権は顧客が握っています。そのような状況で顧客が営業担当者に求めるのは、Web上に氾濫する大量の情報を整理してくれたり、自社の関係者の合意形成を支援してくれたりといった「コンサルティング的な関わり」です。しかし、私の周りを見ていると、リモートワークを取り入れてWebで商談をする、というように行動ではしっかり適応しているものの、「顧客中心営業」や「コンサルティング的な関わり」のような、顧客自身の変化や顧客からの期待役割の変化に合わせた価値観の刷新が実現できている営業組織はまだ多くないようです。

2010年ごろのSFAブームでは多くの営業組織にSFAが導入されたものの、仕事の仕方の変革にまで至らなかったために、入力するフィールドが多くて面倒くさい営業日報になっただけ、という企業が多く見られました。また、2015年ごろにはコンテンツマーケティングが普及し、多くの企業がWebマーケティングに取り組むようになったものの、今までの対面主体の営業活動に単にアドオンされただけで、営業プロセス全体の変革にはならなかった、ということが起こりました。2020年から始まったリモートワークや営業活動でのデジタル活用においても、行動を取り入れただけで変革のために不可欠な要素である価値観の変容を起こせないまま、ということに日本だけがなってしまう可能性があるのです。

今回ご紹介したレポートは、コロナという世界的な衝撃による、価値観が変わってしまうほどの影響を抑えることができたという意味では、日本にとって前向きなニュースとして捉えることができるかもしれません。しかしそれと同時に、行動面では適応するものの、価値観を変えるのが苦手、という私たちの弱点を浮き彫りにしたものでもあります。Web会議など単にデジタルを活用するだけでなく、それをテコにして営業DXを実現し生産性を飛躍的に高めるために、私たちの仕事の仕方、そのベースとなる価値観をどう変革していけばよいのか。コロナが収まりつつある今こそ、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

参考:「Life Reimagined : Mapping the motivations that matter for today’s consumers」(Accenture, 2021)

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