トライツコンサルティング株式会社

「AI活用プロジェクトが失敗する3つの理由」が教えてくれるこれからのB2B営業

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NetflixやAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスを使って、ドラマや映画のシリーズを何時間も連続で見ることを「一気見」(いっきみ)、英語では「ビンジウォッチング」と言うそうです。私はそんなにドラマを見る方ではないのですが、ちょっと前までは「NUMBERS~天才数学者の事件ファイル」や「SCORPION」、ここ最近ですと「BULL/心を操る天才」などを、ビンジウォッチングにならないように小分けにして見たりしています。

さて、これらのドラマ作りにもAI(人工知能)がフル活用されていることをご存知でしょうか。過去の視聴率などからそれぞれの役に最適な俳優を割り当てる。離脱率が高くなる時間帯やシーンを計算で求めて、そこに物語の転換点や山が来るように台本を修正する。私たち視聴者の好みに合わせて、クリックされやすいサムネイル画像を選んで表示させる。これらのことをAIがやっているので、つい見始めてしまい、途中でやめられなくなるドラマや映画が作られているのだそうです。

このように私たちの生活の中にいつの間にか浸透しているAIですが、B2B営業の世界でもAIが謳われているシステム・ツールが増えてきています。しかし、なかなかNetflixのような華々しい成功事例が聞こえてきません。そこで、今回のトライツブログでは、B2B営業でのAI活用が難しい理由と、それを克服するために何が必要なのかを考えてみたいと思います。AI活用に限らず、システム活用・デジタル化全般に当てはまる内容になっていますので、SFAの有効活用や営業DXについてお悩みの方もぜひお読みください。

海外ブログ記事①高確率で失敗してしまうAI活用プロジェクト

B2B営業におけるAI活用の難しさについてまとめている、面白い記事が最近発表されました。タイトルは、「Why Projects using AI in B2B Sales fail and yours will too」(B2B営業でAI活用プロジェクトが失敗する理由)。ドイツから全世界に展開し、B2B営業向けAIツールを開発・販売している急成長のスタートアップ企業、Qymatix Solutions社(クワイマティックス・ソリューション)の記事です。この記事ではAI活用プロジェクトが失敗する割合が高いことと、特にその失敗がB2B営業で起こる理由を3つ挙げています。さっそくAI活用プロジェクトの難しさから見ていきましょう。

データサイエンスを活用したプロジェクトのうち、85%以上が失敗に終わっている ―Nick Heudecker、Gartner

機械学習を本番環境に導入することができた企業は5%未満 ―Diane Hagglund、Dimensional Research

これだけAIがもてはやされているのにも関わらず、衝撃的な数字が並んでいます。本番環境に導入し、そこでビジネスとして成功を収めることがいかに難しいかがよく分かりますね。これらの数値は業種や業界を問わず、AI活用プロジェクト全般についてのものでした。記事では続けて、なぜB2B営業でもAI活用プロジェクトが失敗してしまうのか、AI導入プロジェクトに多数取り組んできたQymatix社の経験をもとに、3つの理由を挙げています。

海外ブログ記事②B2B営業でAI活用プロジェクトが失敗する3つの理由

理由1:営業の複雑さを過小評価してしまう
(中略)悲しいことに、AI開発を担当する社内のデータサイエンティストやBIツールの設計者は、営業組織からの注意喚起を軽視してしまうことがあります。そのため、どのような機能が必要なのかを正しく理解できないまま、AIシステムを実装してしまうのです。(中略)B2B営業はとても複雑な業務なのです。

理由2:データサイエンティストのないものねだり
(中略)AI開発を担当する社内のデータサイエンスチームは、「十分なデータがあって、たっぷり時間もあって、営業担当者全員がこのモデルを使ってくれさえしたら、このAI活用プロジェクトは成功するのに」と、ないものねだりをして、プロジェクトを遅らせてしまう傾向があります。

理由3:AIで使用するデータが質・量の両面で不足している
十分な量のデータがない場合、B2B営業にAI技術を適用することは不可能です。蓄積されているデータの項目数が少なく、顧客数や商談数が少ない場合は、AIで何ができるのかを慎重に評価する必要があります。(中略)同様に、最低限のCRMデータや売上等の基幹系データの品質は、AI活用のための基礎そのものです。基幹系データの品質が低い場合や、重要なCRMデータの項目が欠けているような場合は、AI活用による投資対効果が見込めなくなることでしょう。(中略)完璧なデータを持っている企業はありませんが、データが優れているほどAI活用プロジェクトの成功の可能性が高まります

海外では自社内にデータサイエンス部門を作ってシステムを自社開発することが多く、彼らがAIツールの導入を進めるQymatix社の競合になっている背景があるので、かなり厳しい口調になっているということを差し引いても、「社内のデータサイエンティスト」を「社外のシステムベンダー」に置き換えれば、日本企業でもAI導入だけでなくSFAやBIツールの導入・活用などで苦労したことのある方には共感されやすい内容だと思います。

それでは、これら3つの理由を克服し、B2B営業でシステム活用・デジタル化を進めるためには、どうすればよいのでしょうか。

打ち手①プログラミング的思考で営業の業務フローを図解する

1つ目の理由「営業の複雑さを過小評価して手順を設計してしまう」については、社内のシステム部門や外部のシステムベンダーが営業からヒアリングして設計する、というスタイルでプロジェクトを進めるかぎり克服することはできません。営業部門の中に、システム開発者の言葉を使って業務内容やシステムの要件を伝えられる人を育てる必要があるのです。このようなビジネスと技術の両方を分かる人材のことを「ビジネストランスレーター」や「スーツ・ギーク」(「ギーク・スーツ」とも)と呼びます

これらの人材育成のために欠かせないのが、2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化された際に話題になった「プログラミング的思考」です。営業活動の業務フローを図解できる、商談後にSFAに登録すべきデータ項目の一覧をまとめられる、などのスキルはこのプログラミング的思考を通じて獲得することができるのです。プログラミング的思考については、以前のトライツブログ「実は営業にとって大切なスキル!プログラミング的思考とは何か」で具体的に解説していますので、興味をお持ちの方はぜひこちらもお読みください。

打ち手②今あるデータを洗浄・加工して分析・モデル化を試してみる

2つ目の理由「データや時間などのないものねだりで先に進まない」と、3つ目の理由「使用するデータが質・量の両面で不足していて分析・モデル化ができない」はコインの表裏の関係になっています。AIで使用するモデルは無から生み出されるものではなく、ある程度のデータの存在が前提となります。しかし、データが整備されるまでは動けないというのでは、システム活用は遅々として進みません。大事なのは、今あるデータを使って必要最低限のデータセットを組み立て、いったんそのデータセットで分析・モデル化をやってみることです。

例えば、SFAに入力される顧客や商談のデータを例に考えてみましょう。100人の営業メンバーが1日に3件入力したとして、1日に300件。月に6,000件ほどです。これを個人が目で読み込むのは大変ですが、AIのインプットとしては決して多いものではありません。しかも、入力内容が間違っていたり、そもそも空欄になっていたりするものも少なからずありますので、そういったデータを除いてしまうと使えるものはわずかになってしまいます。

しかし、AIでの分析に十分な量のデータが溜まるまで分析・モデル化しないというのはもったいないことです。もともとの少ないデータの中から一部をランダムに抽出するという作業を繰り返し、あたかも大量のデータがあるかのようにする「ブートストラップ法」や、空欄以外の項目に入っている内容をもとに空欄の中身を推測して入力する「欠損値補完法」など、少ないデータを使って分析する手法がいくつもありますので、そのようなデータで分析・モデル化にチャレンジすることが可能なのです。

このようなデータの加工・分析手法は、なかなか一朝一夕に身に着けることはできません。そのため、SFAデータのような少量で不正確なものも含むデータの分析・モデル化を得意とする外部の調査会社・コンサルティング会社を探して、さきほどご紹介したような分析・加工の仕方を学ぶというのが現実的だと思います。

営業部門はシステムのユーザー部門ではなく、設計・実行部門へ

今回はドイツのAIスタートアップ企業Qymatix社の記事「B2B営業でAI活用プロジェクトが失敗する理由」を使って、AIのみならずB2B営業でシステム・データ活用する際に陥りがちな落とし穴と、そこに落ち込まないために何が必要なのかを考えてきました。その中で出てきた「プログラミング的思考を持つ営業担当者の育成」と「外部パートナー等を活用して今あるデータでいったん分析・モデル化する」の2点に共通して言えるのは、システム活用プロジェクトにおいて営業部門はお客様的な存在の「ユーザー部門」でいてはいけない、ということです。

自ら自分たちの業務をフロー図に落とし、周りの手を借りながらも主体的にデータの分析や整備に取り組む。お客様として言いたいことをいうだけでなく、自分たちでもシステム設計やデータ分析・モデル化できるスキルや経験を身に着けていくのだという意識の転換が、一番大事なことなのです。

参考:「Why Projects using AI in B2B Sales fail and yours will too」(Lucas Pedretti, Qymatix Solutions GmbH, Sep 07, 2021)

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