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前号のトライツブログでご紹介した、2017年に読むべきアメリカで注目されているB2B営業本。その中でも私個人として要チェックだと推奨しましたのが『The Challenger Customer』(Brent Adamson & Matthew Dixon & Pat Spenner & Nick Toman, September 8, 2015)。邦訳版の出た前作『チャレンジャー・セールス・モデル』が秀逸な出来でしたので、翻訳されるのを首を長くして待っています。
さて、その著者の一人であるBrent Adamson氏にHubSpot社が最近インタビューした記事が近著『The Challenger Customer』の内容と一部関連していましたので、要点をかいつまんでご紹介したいと思います。
記事のタイトルは「The Average Number of Customer Stakeholders Is Higher Than Ever」。いったい、アメリカのB2B顧客の購買活動にどのような変化が起きているのでしょうか。
調査結果:アメリカではB2B購買のステークホルダーが1年半で25%もの急増!
Adamson氏いわく、B2Bの購買の意思決定に関わるステークホルダーが、2014年末の平均5.4人からなんと25%増の6.8人に急増したということです。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。その理由について、Adamson氏は4つの大きな要因があると分析しています。
- リーマンショックと言われる世界的金融不況の影響で、企業が高額の支出により慎重になっている
- ソリューション営業により提案が大規模になるとともに、そのソリューションが影響する顧客の部署・ステークホルダーが増えている
- 企業のグローバル化により各国の拠点が購買の意思決定に関わるようになっている
- 顧客組織のフラット化が進んだことで現場にも意思決定の役割が求められるようになり、結果としてステークホルダーが増えている
ここで4つ目の要因について少し補足します。
90年代から、広く言われるようになった組織のフラット化。中間管理職が多く意思決定に時間がかかる従来のピラミッド型組織から、フラット型組織に変えることで意思決定の迅速化や、管理職でない社員の意識やモチベーションの向上を図ろうというものです。
それをさらに進めて、最近ではすべての肩書や組織階層をなくしてしまった言わばフル・フラット型の組織に注目が集まっており、組織のフラット化は単なるブームではなく、欧米の企業にとって当たり前のものになりつつあります。フル・フラット型組織として良く知られているのは、ゴアテックスで有名なWLゴア&アソシエイツ社やブラジルのセムコ社です。セムコ社については、2006年に出版された『奇跡の経営』(総合法令)で詳しく紹介されていますので、ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
購買ステークホルダーが増えると、顧客の意思決定の傾向が変わる
Adamson氏はインタビューの中で、購買のステークホルダーが増えることによる影響も述べています。
さまざまな思惑や意思決定のモノサシを持ったステークホルダーが合意しようとすると、より安く、最小限のソリューションを選ぶ、または単に結論を出すのを先延ばしにしてしまう傾向がある。このようなリスク回避的&コスト抑制的な意思決定に陥らないように、B2B営業担当者は顧客の購買プロセスに関わり、より良い内容で合意を得られるように支援する必要がある、と言うのです。
複雑化する顧客の購買の意思決定を読み解く2つの要因
日本のB2B営業において、残念ながら購買のステークホルダー数を調べたデータはありません。ただ、バブル崩壊およびリーマンショック以降、顧客の購買の意思決定プロセスはより複雑になってきています。それについて考えるヒントがAdamson氏のインタビューの中にあるのではないかと考えています。
インタビューの中で購買のステークホルダーが増える主な要因が4つ挙げられていましたが、その1つ目「リーマンショックの影響で企業が高額の支出により慎重になっている」と4つ目の「顧客組織のフラット化により現場にも意思決定の役割が求められるようになっている」が組み合わさることで、日本では購買の意思決定プロセスの複雑化が進んでいるのではないかと思います。
日本企業でもフル・フラット型とまではいきませんが、意思決定の迅速化やメンバーの意識・モチベーション向上のために、現場に意思決定を任せるようにしたという話を私の周りでもよく聞きます。実際に、課長やグループ長・マネージャーという方々が主体的かつスピーディに判断・意思決定することで、業務の意思決定についてはステークホルダーが減り、プロセスはシンプルになっているように感じます。
しかし、業務についての意思決定は現場に任せられても、いざ「お金を使おう」とすると支出に慎重な企業では組織のかなり上の方まで行かないと意思決定できなくなっています。以前は課長決裁で買えていたものが今では役員会で承認をもらわないと買えなくなっている、などという話を皆さんも耳にしたり実体験されたりしているのではないでしょうか。そのため、決裁の意思決定については、逆にトップの方でステークホルダーが増え、そのプロセスもとても複雑になっていると考えられるのです。
この「業務の意思決定の現場化・シンプル化」と「決裁の意思決定のトップ化・複雑化」という2つの変化が日本のB2B顧客で起こっているので、営業担当者は提案内容について現場としっかり詰めるだけでなく、決裁を得るために顧客の上層部を説得するための手を打つ、という2つの目的のための営業活動をしなければならなくなっているのだと思います。
顧客の「業務」と「決裁」の2種類の意思決定プロセスを支援しよう
しかし、見ているとこの2種類の営業活動をきちんとできているB2B営業の組織はまだまだ少ないように感じます。顧客の現場と提案内容を練り上げるということはしっかりとできているところが多いのですが、どうもその先の決裁の意思決定については顧客任せにしてしまっているところが多いようです。
その結果、リスク回避的かつコスト抑制的な意思決定をする顧客から、絶対にうまくいくという確証/エビデンスの資料をさんざん求められた上、スモールスタートで効果検証してから本格導入、というこじんまりとした受注になってしまったりしています。
このような状態を防ぐには、Adamson氏の言う「顧客の購買プロセスに関わる」という内容をもう一段ブレークダウンし、「現場での業務の意思決定プロセス」だけでなく「トップの決裁の意思決定プロセス」にも関わり、それを促進していくことが必要です。そのためには、まず顧客の現場を深く理解して最適な提案をすることで、単なる営業担当者ではなく顧客の現場にとって欠かせないパートナーになる。そして、その後の決裁プロセスを顧客任せにせずトップに最適な意思決定を支援してもらうためのアドバイザーになる、というように営業担当者としての意識と動き方を変える必要があるでしょう。
自社の営業は複雑化する顧客の購買プロセスに対応できているか
今回見てきた、B2B顧客の購買プロセスの複雑化という状況は一過性のものではなく、今後もしばらく続くものだと思われます。
それに対応するためにB2B営業として顧客の業務だけでなく決裁についての意思決定を支援できているか。そのような観点で自社の営業活動をチェックすることが大事なのだと考えます。
参考:「The Average Number of Customer Stakeholders Is Higher Than Ever」(HubSpot, December 28, 2016)