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「ご無沙汰しています。お元気ですか。久しぶりにお話しできればと思いまして」
以前親しくしていた担当者からこんな連絡が来たら、ちょっとうれしくなります。ところが、実際に会ってみたら「実は新商品をご紹介したくて……」。近況を聞きたいという話は、いつの間にか新商品の売り込みに変わってしまう。
「ああ、それで連絡してきたのか」
私は、こういうとき、単に売り込まれた以上の引っかかりを感じます。旧交を温めたいように見せながら、本当の目的は別にあった。だったら、最初からそう言ってくれればよかったのに、と。
さて、今度は連絡するあなたの立場を見てみましょう。「今月の数字を何とかしないと」と、しばらく連絡していないお客さんの名前を探す。そこから書き始めれば、文面が営業っぽくなるのも無理はありません。いくら言葉を柔らかくしても、連絡のきっかけが自分の数字だからです。
この「久しぶりです」を見直すヒントが、ポール・ドーシー氏の『Ditch the Pitch』という本にありました。タイトルの意味は「売り込みを捨てよう」。では、売り込みをやめた営業は、何をするのでしょうか。
「売るための手段として関係性を高める」のではなく、「関係性を高めること自体がゴール」
ドーシー氏は、顧客を気にかけていると口で言うだけでは足りず、行動で示す必要があると説きます。役立つ情報を送り、満足しているか確かめ、売る用事がなくても近況を尋ねる。そうした行動が信頼を育て、紹介につながる、というのがこの本で書かれていることです。
という話を読むと、「注文をもらうために、売り込むのを我慢して、顧客との関係を良くしようってことね」と理解される方もいらっしゃるかもしれません。実際に、多くの営業本やセミナーでは、このような主張をよく見聞きします。
しかし、この本の意図はその真逆。「顧客との関係性を高めて信頼を得ることが目的。そうなれば顧客はいざ課題が発生したときや、購買の必要性にかられたときに、信頼している相手、つまりあなたから買ってくれるし、周りにあなたのことを紹介もしてくれる。そして、関係性を高めるためには売り込むのをやめることだ。」というものです。この発想の転換が、この本の一番の面白いところだと思います。
「気にかけています」も、「こっそり売り込もう」も、顧客には伝わってしまう
しかし、「信頼関係が大事だ」「売り込むのをやめよう」と思っていても、私たちの顧客とのかかわりには、ついつい売り込みが紛れ込んでしまいます。近況を話すだけのはずなのに、すぐに提案や見積の話になってしまう。そんな経験が重なると、お客さんの側にも「この人と会うなら、何か商談になりそうな話を用意しないと」という気遣いが生まれます。
顔なじみの営業から「久しぶりにお会いしませんか」と誘われても、「今は相談する案件もないし、手ぶらでは会いにくいな……」と返事をためらってしまう。「何か具体的な話ができるようになってから」と先延ばしにするうちに、近況を話す機会まで減り、連絡が遠のいていきます。会うたびに商談を仕掛けることで、営業自身が気軽に会えるはずの関係を窮屈にしてしまうのです。
単純に昔一緒にした仕事を懐かしんだり、困っているという話を聞いてもらったりするだけでも、関係が続く。その経験が、「この人になら相談できる」を育てます。
この本の中では、私たちがついつい売り込んでしまう場面と、そこでの理想的な顧客との関係づくりの仕方が描かれています。その中から、営業をしていればしょっちゅう発生する顧客フォローの場面を、日本のB2B営業に置き換えて見ていきましょう。
そのメールの最後に、何を足していますか?
ドーシー氏の助言で印象的なのが、フォローの場面で顧客に役立つ記事をメールで送る際、それを面談や売り込みのための「トロイの木馬」にしてはいけない、というものです。情報の中に、伏兵、つまり売り込みを忍ばせるなというわけです。
例えば、お客さんが以前「新人への引き継ぎが、結局ベテラン任せになるんですよね」と話していた。その後、引き継ぎの工夫を紹介した記事を見つけたとします。
「先日お話しされていた、新人への引き継ぎの件を思い出しました。この記事の、AIを使ってベテランの暗黙知をデータ化する方法が参考になりそうなので、お送りします」
ここまでは、相手の仕事に役立つ連絡です。ところが、送信前に邪念が浮かんできます。「せっかく連絡するんだから、商談につなげたい」。そこでつい、末尾にアポの打診を書き加えてしまいます。
「弊社にも関連するサービスがございます。一度、ご説明のお時間をいただけませんか」
この一言で、お客さんには役立つはずの記事そのものが、アポを取るための口実に見えてしまいます。ただ読むだけで済むはずだった善意の情報が、営業の売り込みをどうかわすか考えなければならない仕事に変わるのです。
ここで確かめたいのは、「商談にならなくても、この人にこの記事を届けたいか」。相手の役に立つと思ったのなら、参考になる箇所と理由を添えて送り、その情報提供だけで文章を終わらせる。
それとは別に、会って話したいのであれば、その気持ちを率直に伝えればいい。
「前にお話しされていた新しいチームのことが気になっていました。その後どうされているか、久しぶりにお会いして伺いたいです」
そして、新商品をご紹介したいのであれば、そう思った理由、つまり相手にとって役立ちそうなポイントを言語化して、初めからそう伝える。相手への関心も、連絡の目的も、隠さずに言えることが大切なのでしょう。
商談の場でも自社の価値を「行動で示す」
ドーシー氏が主張する「行動で示す」というのは、フォローのメールで売り込まないというだけではありません。単に売り込みを控えるだけでなく、すべての顧客接点で価値を届けること。メールでも面談でも、「自分の仕事に役立った」「課題の解決が前に進んだ」と感じてもらうのです。
その出発点は、お客さんの困りごとや、やりたいことと、その「なぜ」を理解すること。「引き継ぎを改善したい」の背景に、「ベテランを新規開拓に振り向けたい」という狙いがあるなら、そこまでお客さんと共有します。
そのうえで、自社の力を使って、解決策の一部を顧客と一緒に試してみる。業務の標準化を支援する会社なら、問題が大きそうな業務の候補をお客さんと一緒に眺めて優先順位をつけ、業務改善に必要な情報や社内の意思決定の手順を整理します。
業務標準化サービスを単に紹介するのではなく、お客さんの社内で起きている実際の業務を当てはめ、自分に発注したらどのように自社の課題を解決するのかを見せる。「標準化が得意です」と説明していた内容を、お客さんに自分の仕事で体感してもらう。このことを、同書では「Selling by Doing, Not Selling by Telling(口頭で売るのではなく、体験で売る)」と表現しています。
「この人と話すと、仕事が前に進む」。その経験を重ね、自社に何を任せられるかを感じてもらうことが、「売り込まない営業」を成果につなげていくのだと思うのです。
「売り込まない営業」はこれまでのやり方ではマネジメントできない
売り込まずに信頼関係を積み重ねて、その結果として安定した長いビジネスにつなげる。確かに理想的ではありますが、取り入れるには最大の難点があります。それは、短期収益を追究する現代の営業マネジメントとは、とことん相性が悪いということです。
信頼関係づくりはプロセスではないため、「どれだけ工数を投下したら、どれだけの売上になって戻るか」が読めません。そのため、四半期や月次などの短期の売上を厳しくマネジメントしなければならない事業では、新たに取り入れるのは困難です。
本の中でも、「現代の営業組織では信頼関係を軸にしたマネジメントは不可能。だから、このやり方に取り組む人は、自らの責任で自立してこの価値観とやり方を堅持しなければならない。」と書いてあり、「せっかくの良いコンセプトなのに、もったいない」と哀しい気持ちになってしまいました。短期の数字は作りつつ、ここぞというお客さんにはこのやり方で信頼関係を構築する、という2種類の方法で進めるのが現実解なのだと思います。
「あなたに会いたい」と率直に言える関係へ
数字に追われていると、目の前の連絡を一件でも商談につなげたくなります。売る用事のないときにもお客さんを思い出し、関わり続けるには、定期的に意識を向ける時間を自分で作るしかありません。
そのとき、あなたがこれまで聞いてきた、お客さんの悩みや課題は、そのための出発点になります。「新しいチームは、うまく動き始めただろうか」。気になることがあれば、気になっていると伝えてみる。困りごとが残っていれば、一緒に考える。
そうした積み重ねの先に、「久しぶりに、あなたに会いたい」という理由だけで会ってもらえる関係が育つのだと思います。
次に誰かへ連絡するときは、その人の何が気になっているのか、何に役立ちたいのかを確かめてみてください。その理由を率直に伝え、役に立つ行動を続ける。「売る用事がなくても、自分のことを気にかけてくれる人」。お客さんにそう感じてもらえることが、あなたの差別化になるのです。
参考:「Ditch the Pitch: Stop Selling. Start Serving. Grow Referrals.」(L. Paul Dorsey, 2026)
