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海外だけでなく日本においても、営業やマーケティングツールにAI機能が搭載されているのは当たり前になりました。展示会の来場者やWebフォームの入力者に対し、企業名や個人名、キーワードなどを差し込んだメールを自動作成・送信することも可能です。
しかし、これらは本当に顧客にとって価値があるのでしょうか? たとえ宛名や文面がカスタマイズされていても、自分にとって不要で無関係な内容であれば、それはただの「スパムメール」です。せっかくのAIが、こと営業・マーケティングの領域では、「微妙にカスタマイズされたスパム」を高速かつ大量にばら撒くことに使われており、非常にもったいなく感じます。
そこで今回は、AIが当たり前の道具となった今、「本当に顧客にとって価値ある情報とは何か」について考えます。巷にあふれるAIツールに満足していない方、そして生身の営業担当者による価値提供にお悩みの方は、ぜひお読みください。
AI活用で高速化・大規模化している「ノイズのばらまき」
今回の記事のきっかけを与えてくれたのは、B2B営業/マーケティングに特化した情報サイトであるDemand Gen Reportに載っていた1つの記事「The Future of B2B Buying Isn’t Faster Funnels, It’s Smarter Conversations」(B2B購買の未来はプロセスの高速化ではない、会話のインテリジェント化だ)でした。まずは記事の作者の問題意識から見ていきましょう。
以前の営業/マーケティング組織は、顧客のニーズではなく自社のためにシステムや組織を構築してきました。テレマーケティングチーム、見込客のスコアリングモデル、Webサイトのデモ依頼用入力フォームなどがそうです。
しかし、現在では売り手と買い手の力関係が逆転しています。現在の顧客は、わかりやすいセルフサービス機能、すぐに手に入る専門知識、そして営業担当者との信頼関係を期待しています。もしあなたの会社がこれらを提供できなければ、他の会社やAIエージェントに流れてしまうでしょう。
そのような状況にも関わらず、多くの営業/マーケティング組織がAIを活用し、従来の売り手主導の戦略をより迅速に実行しようとしています。自動化されたメール、LinkedInのスパムメッセージ、自動音声による架電などです。これらはイノベーションでもインテリジェンス(価値ある知見)でもなく、単なるノイズでしかありません。
かなり手厳しい指摘ですが、まさにその通りの内容です。せっかくのAI機能を使ってスパムメールが高速かつ大量にまき散らされているのがB2B営業/マーケティングの残念な実態だと、メールボックスを見るたびに思います。
ちなみにこの記事を書いているのは、AIを使ったインバウンドマーケティングツールを開発・販売しているSalespeak.ai社のCEO。巷にあふれている顧客にとって有害なAIの使われ方について、同業者の立場から憤慨しつつも、最後にはそれとなく自社商品のPRにつなげています。
B2B営業の未来は、顧客とのインテリジェントな会話にあり
それはさておき、では顧客にとってインテリジェンスとはどのようなものなのか、記事の続きを見ていきましょう。
B2B営業の未来はインテリジェントな会話にあります。これはスパムメールの最初に名前を載せるといった、表面的なパーソナライゼーションではありません。真のインテリジェンスとは、顧客の意図や業種/業界で求められる専門知識のレベルに合わせて対応することです。
この記事がもったいないのは、問題提起は力強いのに肝心の「真のインテリジェンスがどのようなものか」が抽象的なところ。そこで、引用元を現在のB2B営業の第一人者であるイアナリーノ氏の代表作「The Lost Art of Closing」にバトンタッチします。この本の中で示される営業のインテリジェンスとは以下のようなものです。
現在のB2B営業の第一人者が説く「営業のインテリジェンス」とは
営業担当者であるあなたに価値があるのは、顧客が知らないことを知っているからです。
- あなたの理想的な顧客が直面していて、あなたの商品/サービスで解決できる問題は何ですか?
- その問題の根本原因は何ですか?なぜあなたの理想的な顧客の多くがこの問題を抱えているのですか?
- その問題を引き起こしている、技術的/経済的/政治的/文化的なトレンドは何ですか?変革に至る事例を設計するの に、最も説得力があるトレンドを5つ前後選んでください。
ここで重要なのは、顧客のビジネスに対するあなたの見解と、顧客にとって実現可能な選択肢についてのインテリジェンスを提示することです。なぜ顧客が変わるべきなのか、なぜあなたがその手助けをすべきなのかを明確にするのです。
この文章を読んでお気づきのように、イアナリーノ氏は「インテリジェンス」という言葉を、洞察や価値ある情報という意味の「インサイト」と同じ意味合いで使っています。インテリジェンスという言葉がすんなりと入ってこないという方は、インサイトに置き換えてお読みください。
また、少し補足すると、これらの問題や根本原因がすべての顧客にピッタリ当てはまらなくても大丈夫だと、同氏は述べています。これらのインテリジェンスは、あくまでも一般的なものでしかありません。大事なのは、これらを使って会話をスタートすること。そこから顧客に「業界のことについてある程度は分かっているようだ」「自分たち特有の問題や原因について話をしても理解してくれそうだ」と思ってもらい、より深い会話へとつなげていくことにあります。
営業のインテリジェンスの3要素
イアナリーノ氏は続けて、顧客の問題からさらに幅を広げたインテリジェンスの全体像を、読者への質問形式で提示しています。
- 今、あるいは近い将来、ターゲット顧客が直面する可能性のある4つか5つのトレンドを挙げることができますか?もしできなければ、あなたは彼らが今必要としているアドバイスを持っていないことになります。
- 同じような問題を抱えていた人たちを助けた経験を共有できますか?もしできなければ、あなたは適切なパートナーに求められる洞察力や経験を持っていないことになります。
- 顧客が必要としているアドバイスを持っていますか?顧客の知らないことを知っていますか?顧客がより良い結果を出すのを助けたことがありますか?あなたはこの変化を導く手助けをするつもりですか、それとも自社の商品やサービスを売り込んだら顧客の前から姿を消してしまうのですか?
3つの質問を要約すると、「顧客のビジネス上の問題を理解しているか」「その問題の解決策を持っているか」「その解決を導くことができるか」ということ。当たり前の内容ではあるものの、実際にこれらを顧客の前で説得力を持って語れる営業担当者はどれくらいいらっしゃるでしょうか。営業担当者向けの研修や勉強会を企画・設計するときや、若手担当者を育成するときには、ぜひ参考にしてみてください。
営業のインテリジェンスの3要素で自社の営業をチェックすることから始めよう
AIの登場・普及によって世間一般で知られるような情報やコモディティ化しています。AIで答えられる一般的な情報にはさほど価値はありません。そのような中、顧客にとって価値があるのは、顧客のビジネスに対する深い理解に基づいた商談の中での当意即妙のやり取りと、これまでの経験に基づく自分ならではの知見/アドバイスなのです。
そしてこれらの顧客にとって価値あるインテリジェンスは、一朝一夕には獲得できません。とはいえ、営業メンバーそれぞれが経験を積むのを待つような悠長なこともできません。これらを体系的に教え、チラシや説明用資料の中で顧客に伝えられるようにお膳立てしなければならないのです。
まずは、イアナリーノ氏の3つのインテリジェンス「顧客のビジネス上の問題を理解しているか」「その問題の解決策を持っているか」「その解決を導くことができるか」を使って、皆さんの営業担当者のスキル、そしてそれを身に付けるための研修や勉強会の中身、さらにそれらを客先で実演するためのツール類をチェックしてみてはいかがでしょうか。AIに置き換えられない専門家として育成するための、大事な打ち手が見つかる可能性が見えてくると思うのです。
参考:
「The Future of B2B Buying Isn’t Faster Funnels, It’s Smarter Conversations」(Omer Gotlieb, CEO of Salespeak.ai, Demand Gen Report, October 10, 2025)
「The Lost Art of Closing: Winning the Ten Commitments That Drive Sales」(Anthony Iannarino, Penguin Random House LLC., 2017)
