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営業活動をしていて一番面倒なのが「提案書づくり」だという方は多いと思います。特に最近は課題解決営業やソリューション営業がB2B営業の基本となっていますので、単なる商品紹介だけでなく顧客の課題や目指す姿などと必要とされるコンテンツが増えてきています。
そんな中、「提案書は1ページで十分だ」と主張している面白い営業本を見つけました。本当に1ページの提案書で十分なのか、その中身はどのようなものなのか、早速見ていきましょう。
提案書の代わりに作る「ビジネスケース」とは?
「提案書は1ページで十分だ」と書いてあるのは、営業コンサルタント兼起業家のネイト・ナスララ氏の2023年の著書「Selling With」。実はこの本、前々回のブログで概要を紹介した本です。この本の中で、一番文章にエネルギーがみなぎっていて、著者自身も「この本の中で最も重要なのはこの章だ」と断言しているのが、1ページの提案書に関する部分。原文では提案書でなくビジネスケース(Business Case)と呼んでいます。
PMBOKやPMPなどでプロジェクトマネジメントを勉強したことがある人は、この「ビジネスケース」という単語を見て「おや?」と思われたかもしれません。そう、このビジネスケースは「プロジェクト計画書」と訳されることも多い、プロジェクトマネジメント界隈に由来する言葉なのです。
PMBOKというプロジェクトマネジメントを体系的に整理した教科書にビジネスケースの定義があるのですが、長くて複雑でぱっと見で理解しにくいので、ここでは紹介を割愛します。ざっくり言うならば、ビジネスケースとは「課題の解決策としての投資やプロジェクトが必要で適切なことを論理的に説明する文書」のことです。
ビジネスケースとは投資やプロジェクトの必要性・妥当性を説得するための顧客の社内資料
そして、このビジネスケースは、投資やプロジェクトの発案者が社内を説得するための資料だというところに大きな意味があります。そのため、ナスララ氏は書籍の中でこのように書いています。
ビジネスケースの中で過度に自社のことを売り込むのはいけません。その代わりに、顧客が社内で自信を持って話せるような内容になるように、一緒に中身を磨き上げましょう。顧客が社内で使っているフォーマットを使って、顧客社内で作られたかのように見える資料を作るのです。(中略)
そして顧客のキーパーソンが自分で作ったものであることがわかる「指紋」が、あなたが作る資料の至るところに残っていなければなりません。
そのため、このビジネスケースでは表紙の左上に「●●株式会社 御中」という文字や、スライドの冒頭にご提案の機会を与えてもらったことへのお礼の文章などは不要です。もっと言えば禁物です。顧客の社内会議資料のような体裁で、かつ簡潔に投資やプロジェクトの必要性と妥当性を説明したものであるべきなのです。このため、ナスララ氏は厳密には「提案書は1ページで十分だ」と言ってはいません。顧客のキーパーソンと一緒に作る社内説明用のビジネスケース(計画書)なら1ページで十分だ、と言っているのです。
「1ページのビジネスケース」の基本フォーマットと構成要素
それでは、どんなことを1ページのビジネスケースで書けばいいのでしょうか。書籍の中で紹介されているフォーマットを訳したのがこちらです。
日本企業だとPowerPointで作るのが一般的ですが、欧米ではWordで1枚のペーパーにまとめることが多いため、縦長のWord形式のフォーマットとなっています。日本企業向けに使う場合は、PowerPointなど顧客社内で使われている形式に変換してください。
上記のフォーマットをご覧いただいてお分かりのようにとてもシンプルで、顧客社内での意思決定に必要な最小限のことしか記載されていないことがわかります。また、「解決策の方針」の中で書かれているように、どのような方針/アプローチで問題を解決するかについてを明確にするのが最優先で、自社の特定の商材を押し付けるようにしないというところに、これが提案書ではなくビジネスケース(計画書)だということが強く表れています。
顧客が作っている社内説明用資料の質を高めるのが「ビジネスケース」作り
そして、上記のフォーマットをご覧になって「これなら一般的な起案書だから、顧客の担当者がウチの提案書から抜粋して作ればいいんじゃないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。確かに、上記のビジネスケースは起案書とほぼ同じ内容ですし、起案書ならば顧客が作成するのが一般的ではあります。
しかし、いくら営業担当者が腕によりをかけて提案書を作っていても、顧客の担当者が社内に出している資料が的外れなものであれば、結果的に商談は停滞してしまいます。そうなってしまわないように、こちらから叩き台を示して顧客と一緒に磨き込んでいき、不足している箇所があればそれを補う。そうやって顧客の社内での合意形成を支援していくのがこのビジネスケースなのです。
商談プロセスの全体を通じてビジネスケースを顧客と一緒に作り続ける
そして、ナスララ氏が著書の中で強調しているのが、ビジネスケースは提案書のように商談の中の特定のタイミング、例えば課題ヒアリング終了後だけで作るものではないということ。そうではなく、商談プロセスの全体を通じて顧客と作り続けていくものだとしています。
どのような問題が起きていて、どれだけの損失が発生しているかが明らかになったら「問題の実態」欄にまとめる。どのような解決策が有効だと思われていて、その有効性をどうすれば立証できるか、解決策導入のためにどのような条件が必要かが明らかになったら「解決策の方針」欄を作ってみる。このように、顧客のキーパーソンや関係者と対話しながら1つ1つのパーツを揃えていき、社内の説得に適した表現になるように一緒に磨き上げていくのが大事なのだというのです。
これまでの提案書は社外から売り込んだり説得しようとしたりするから膨大になっていた?
ナスララ氏の著書「Selling With」で紹介されている1ページのビジネスケースをここまで見てきました。私がこれを紹介したいと思った理由は、顧客のキーパーソンとしっかり話ができているのであれば、そして顧客社内での意思決定の進め方やチェックポイントを事前に押さえられているのであれば、実際にこれくらいの分量・内容のペーパーで十分だと実感しているからです。
以前はソリューション営業だからと10ページを超える提案書を作っていたこともありましたが、その多くは参考資料。ビジネスケースの中の要素についての補足データや、自分たちを選んでもらうための理由付けのためのページが多くを占めていたように思います。
その後、補足データを強化するよりも骨格となるビジネスケースを顧客の立場、顧客の用語で作ることの重要性を理解してからは、今回紹介したビジネスケースくらいの分量をPowerPointで2ページくらいにまとめて、それを計画書という位置づけで提出することの方が多くなりました。それで受注確率も以前より高くなっているように思います。
このように考えると、社外のベンダーとして自分たちを売り込んだり、直面している課題の重要性を社外から説得しようとしたりするから、膨大なページの提案書とならざるを得なかった。そうではなく、顧客と一緒に検討を進めていければ、それを過剰に売り込んだり押し付けたりする必要がなくなって、シンプルで必要最小限な資料で十分になる。実際には必要最低限の補足資料は必要になるかもしれませんが、究極の姿が1ページのビジネスケースなのだと思うのです。
ビジネスケースの書式だけでなく商談の進め方から変えていこう
膨大なページの提案書づくりに忙殺されている方は、ぜひ今回ご紹介したビジネスケース作りを参考にしてください。ここで一番大事なのは、ビジネスケースの中身を顧客のキーパーソンや関係者と一緒になって具体化していくという商談の進め方。社外から無理やり押し付けたり説得しようとしたりせず、顧客と一緒にあたかも顧客の社内メンバーであるかのように検討していく。これこそがご紹介した書籍「Selling With」のタイトル「共に売る」ということなのだと思うのです。
参考:「Selling With: The art of selling with champions to shape internal buying conversations & close enterprise deals」(Nate Nasralla, 2023)