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2022年の年末にChatGPTが登場してから半年以上が経過し、日本の企業や自治体などでもAI活用を始めたという報道が増えてきています。また、Microsoft社がOffice 365用のAIツール「Copilot」の正式価格を発表するなど、いよいよ私たちの実際の業務でのAI活用が一気に進み出しそうな気配がしています。
そのような中、コンサルティング会社のマッキンゼー社が興味深いレポートを発表しました。それはなんと、世の中のほぼすべての業種/職種を対象にした、AI活用による生産性向上の大規模シミュレーション。業種/職種ごとに、ChatGPTなどの生成AIを活用することでどれだけの生産性向上が見込めるかを数字で表しています。
今回はこのレポートを読んで、営業という職種での生成AI活用のインパクトをチェックします。営業の仕事のどれだけがAIで自動化可能なのか、そしてどれだけの生産性向上が見込めるのか、早速見ていきましょう。
力作!マッキンゼー社が試算する「生成AIによる生産性向上の可能性」
今回ご紹介するマッキンゼー社のレポートは「The economic potential of generative AI: The next productivity frontier」。日本語に意訳するなら「生成AIの経済的潜在能力:生産性向上のフロンティアはどこだ」という感じでしょうか。
このレポートはかなりの力作で、世の中にある様々な業種と職種を掛け合わせて850もの職業を抽出。そしてそれぞれの職業を構成する2,100以上の作業について、生成AIなどのテクノロジーがどれだけ代替/自動化できるかを調べて、それを各職業での時間構成比や人数構成比に合わせて集計するというもの。言われればなんとなくイメージはつきますが、気が遠くなるほど大変な作業だったと思います。
営業はAI活用による生産性向上の宝の山!
さて、肝心の営業という職種に対するインパクトなのですが、これがかなり大きくなりそうだというのです。
生成AIは知識労働、特にこれまで自動化が難しかった意思決定やコラボレーション、コミュニケーションを伴う活動に最大の影響を与える可能性がある。
生成AIが価値を提供できる上位の職種は、「顧客対応」「営業/マーケティング」「システム開発」「研究開発」の4つ。この4つで生成AIが提供する価値の75%以上を占める。
「営業/カスタマーサービス」部門では、57%の業務が生成AIおよびその他既存テクノロジーによって自動化可能。
このデータを見る限りだと、「営業という職種はAI活用による生産性向上の宝の山」だと言えそうです。半分以上の業務がテクノロジーで自動化可能で、他の多くの職種よりもAI活用による恩恵をたっぷり受けられるだろう、とデータは物語っています。
テクノロジーの恩恵を受けるには業務の標準化・デジタル化が大前提
しかし、この「57%以上の業務が自動化可能」というデータには注意が必要です。これはつまり、57%以上の業務がプロセスや手順、使用しているツールなどにおいて標準化・定型化できている。または少なくとも、生成AIが情報を読み込んで学習できるようにデジタル化されている、ということを表しています。
この業務の標準化・定型化、デジタル化の度合いは企業によってまちまちですが、私が知っている日本の営業部門の多くではいまだに属人的かつアナログ的な仕事が多く残っていて、自動化可能な作業は1~3割程度でしょうか。生成AIなどのテクノロジーの恩恵を受けるためには、その前に業務そのものが標準化やデジタル化されている必要があるのです。
産業全体の生産性向上のためには個人のリスキリングが不可欠
先ほどは「営業という職種はAI活用による生産性向上の宝の山」と表現しました。一方で、営業としてこれからも働き続けたい人からすると、AIに自動化される以外の業務で存在価値を証明しなければならず、競争環境が激化するということになります。
この自分自身の存在価値を高める必要性について、レポートの最後の方に以下のようなデータが紹介されています。
生成AIなどのテクノロジーの導入は生産性の向上を促進し、雇用の伸びの低下を補い、全体的な経済成長を可能にする。テクノロジー導入による世界経済の生産性向上効果は、3.3%(うち生成AIによるものは0.6%)が見込まれる。
ただし、テクノロジーの影響を受ける個人がリスキリングによって他の労働活動に移行できない場合は、0.2%(0.1%)の伸びにとどまる。
ここでもリスキリングの話が出てきましたね。確かに、今ある業務を人力からAIで自動化したところで、手の空いた人が他の業務で価値を提供できないのであれば、全体の生産量は変わりません。自動化によって手が空いた分を使って、AIではできない業務に取り組んだり、AIなどで代替されてしまわない職業へと移動したりという、個人としての生産性を高めるためのスキルアップが不可欠だということなのです。
「人材育成待ったなし」の現在
2024年度の国家予算の概算要求で、「人への投資」関連事業への特別枠が設けられることが決まったそうです。また今年(2023年)の3月期決算の企業から有価証券報告書での人的資本に関する情報の開示義務化がスタートしました。官民ともに、いわば国を挙げての人材育成が待ったなしの状況になっています。
今回ご紹介したレポートでは、営業という職業では生成AI活用による恩恵をふんだんに受けられるという嬉しい可能性と、そのためには属人化・アナログ化している今の仕事を標準化・デジタル化しなければならないという課題が明らかになりました。そして何より、生成AIなどによる自動化の影響を受けても良い条件で働き続けるために、リスキリングなどによる個人としての生産性向上、最近の言葉で言うところの「エンプロアビリティ」(継続して雇用され続ける能力)が必要だということが、はっきりと示されているように思います。
個人の学習と業務のデジタル化に吹いている追い風に乗ろう
現在でも、国や自治体からリスキリングや人材育成に対する助成金や支援金が用意されていますし、それぞれの企業でも従業員が学べる機会を増やそうとしているところが増えてきています。私は2000年の就職氷河期に社会人になったのですが、当時は不景気の中で研修費なども大幅にカットされていましたので、学びの環境が充実している現在の若手の方々がうらやましく見えます。
学びが企業にも個人にも必要とされ、そしてそれに取り組める環境が用意されている今だからこそ、リスキリングなどの個人の学習と、テクノロジーの恩恵を受けるための業務の標準化やデジタル化に積極的に取り組める。今回ご紹介したマッキンゼー社のレポートは、私たちを力強く後押ししてくれているように思えるのです。
参考:「The economic potential of generative AI: The next productivity frontier」(Rodney Zemmel et al., McKinsey & Company, June 14, 2023)