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50万件の商談データが示す「景気後退が営業に与える影響」とは

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医療や衛生商品、ITに物流など、比較的不況に強いといわれている業界であっても、不況や景気後退といったマクロ経済環境の悪化は多くの企業にとって、特に営業組織には収益ダウンに直結する大きなリスク。「売上をどれくらい維持できるだろう」「顧客が社内でじっくり検討するようになって、売上時期が遅れるんじゃないだろうか」など、心配しようと思えばいくらでも心配することができてしまいます。

このような心配に対して、合理的な数値を提供してくれる面白いデータが最近発表されました。それは、景気後退がB2B営業に及ぼす影響というもの。2022年に入ってからの景気後退によって、米国のB2B企業の商談がどの程度悪化したのかを様々な業界のデータを集めて分析したものです。

幸いなことに2022年9月現在の日本経済は堅実な回復基調にありますが、欧米等諸外国の景気後退の波及や、中国で断続的に行われているロックダウンなど、リスクをいくつも抱えた不安定な状態。もしかしたら近い将来起こるかもしれない景気後退の際のリスクについて、事前に学んでおきましょう。

Gong社の最新記事「景気後退が商談に与える影響」

今回ご紹介するデータは商談分析ツールのリーディングカンパニーであるGong社の記事「Here’s how the economic downturn really impacts your deals」(景気後退が商談に与える影響)。米国の景気が絶頂期だった2021年10月から、2四半期連続のマイナス成長を記録した2022年7月までの10か月間の商談データ約50万件を使って、景気後退が商談にどのような影響を与えたのかを調べています。

データの中身に入る前に、Gong社がどうやって50万件もの商談音声データを集められているのかを、簡単に解説します。

米国で普及しているセールスエンゲージメントと商談の録画・録音

米国ではセールスエンゲージメントというシステムがB2B営業組織の多くで利用されています。これは、EメールやLinkedInなどのSNSを使ったテキストデータのやり取りや、電話での通話データ、TeamsやZoomでのリモート商談の録画データといった、顧客との接点をすべてデータ化して一元管理するもの。この目的としては、顧客対応力の改善や、営業担当者による不適切な発言をチェックするコンプライアンス的な側面もありますし、エビデンスを残すことで「言った言わない」でもめるのを防ぐという側面もあります。

そのため、電話やリモート商談の冒頭やアポイント取得の際に録画・録音の承諾を得るのが一般的です。徹底している企業は対面での商談であっても、ノートPCを立ち上げて画面の録画や音声の録音をしています。

そのようにして蓄積された商談の録画・録音データを分析し、受注率向上や商談期間の短縮化、金額の向上などのために、どのようなトークやプレゼンテーションが有効なのかを発見できるのがGong社の商談分析ツール。Gong社はユーザー企業によって日々蓄積されるこのデータを匿名化してから集計し、GongLab(ゴング研究所)として定期的に興味深いレポートを発表しています。

このようにして得られた50万件の商談データのうち、顧客から「市場環境の悪化」「コスト上昇」「異常な市場」「インフレ」などの景気後退に関連するネガティブな発言があった商談と、そうでない商談を2つに分けて、受注率や商談期間などにどのような差異があるかを調べたのが、今回ご紹介するレポートです。

景気後退によって商談の受注率と商談期間はどの程度影響を受けるのか

では早速、景気に関するネガティブな発言があった商談とそうでない商談との主な違いを見ていきましょう。

マクロ経済環境の変化についての顧客から発言があった商談の割合は、2021年10月の3.2%から2022年7月の5.0%へと、55%の増加

「新規受注」「更新」「アップセル」の3種類の商談のうち、受注率の差が最も大きいのがアップセルの6.8ポイント(発言あり26.9%、発言なし33.7%)。新規受注は3.7ポイント(発言あり21.0%、発言なし24.7%)、更新は5.4ポイント(発言あり31.7%、発言なし37.1%)

商談期間は14%長期化する傾向(発言あり5.2か月、発言なし4.6か月)

2つ目の受注率についてのデータですが、差分を%同士の引き算の結果である「ポイント」として記事では紹介されています。この受注率の差は売上高の差に近くなるものと考えられますので、%同士の比を取ってネガティブな発言の有無で売上がどれだけ減少する可能性があるかを計算したのが以下です。
・「新規受注」の売上低下の幅=1-21.0%/24.7%=15.0%
・「更新」の売上低下の幅=1-31.7%/37.1%=14.6%
・「アップセル」の売上低下の幅=1-26.9%/33.7%=20.2%

このように、景気に関するネガティブな発言があった商談は15~20%程度の売上減となる可能性があると言えそうです。

Gong社のデータが持つ意義①:相手に合わせた適切な戦術が見える

これらのデータから、景気に関するネガティブな発言をする顧客は、アップセルを筆頭に追加の支出を手控えるようになり、購入する場合でもより時間をかけて慎重に検討するようになると言えそうです。しかし、そのような発言をした顧客の数が商談全体の5%と「範囲」が非常に狭く、かつ言及された商談のすべてが失注するわけではなく80~85%の売上は維持できているという見方もできます。

実際、営業をやっていて顧客から景気に関してネガティブな発言を聞くと、ついそれを受けて「この会社は無理そうだ」と思ってしまいがちです。しかし、このデータは「そうは言っているけれど、実際には結構買ってくれる」ということを示しているように思います。

ただ、そのような発言をする顧客にはアップセルの提案を控え目にするとか、結論を急がないなど戦術を工夫することが必要ということもわかります。

Gong社のデータが持つ意義②:営業データの社会的利用の可能性が見えた

日経新聞などで、定期的に景況感に関する社長向けアンケートの結果が記事になります。経営者が景気をどのように見ているかというのを調査しているものです。また、小売店の売上データや、工業製品の受注高なども景気を数値化したものとしてとらえられます。

我々はこれまでこのようなデータと、目の前の商談の情報を見ながら自社の景況感をつかみ、必要な対策を講じてきました。今回の調査結果は、B2Bの商談データを集約することで経済データとして分析・評価することができることを明らかにしたものでもあると言えるでしょう

経済活動をリアルタイムに把握するために、高頻度データというものが使われるようになっています。日本ではJCB消費NOWが有名ですが、国内外でクレジットカード利用データが消費活動のリアルタイムデータとして活用されています。今回のGong社のデータは、いわばB2B版のリアルタイムの消費活動データ。企業の経済活動の1つの指標として、今後活用される可能性も十分にあるのではないでしょうか。

データをもとに考えることで、景気後退に過剰に反応せずに合理的かつ適切に対応できる

冒頭でも触れましたが、2022年9月現在で、各調査機関とも日本経済は年率2%前後の堅実な回復基調にあるとしています。その一方で、コストプッシュインフレの継続や極端な円安化、日本経済研究センター発表の景気後退確率が警戒水準を2か月連続で上回るなど、景気後退の不安も無視できなくなっています。

景気後退や不況という言葉を聞くと、歴史で勉強したり記録映像などで目にしたりしてきた、株式市場の大暴落や猛烈なインフレーション、失業者が街にあふれる様子などをついついイメージしてしまい、過剰に怯えてしまいがちです。そして、個々の消費者や企業が過度に支出を削ったり、投資を凍結したりすることで、一層不況が深刻化してしまいます。米国の社会学者であるロバート・マートンはこれを「自己成就予言」と名付けました。不況になると思ってそれに過剰に反応することで、その不況を現実化/深刻化させてしまうというものです。

「景気悪化と言われているが、実際の商談でそれを言っている顧客は5%しかいない」
「たとえ半数の商談に景気悪化の影響が及んだとしても、売上の9割は維持できる」
「商談が無限に足踏みするわけではなく、1~2割の延長期間を我慢すれば結論にたどり着く」
などということがわかれば、人はもっと冷静に判断し、行動できるようになるでしょう。日本の営業においても、早くこのようなデータが日常的に活用できるようになって欲しいものです。

参考:「Here’s how the economic downturn really impacts your deals」(Dan Morgese, Gong.io Inc., August 30, 2022)

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