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日本語で「センスがいい」「ファッションセンスがある」などという言い方をするときの「センス」は、「感性」や「感覚」といった意味で使われます。その一方で、英語の「make sense」が「理屈が通る」「意味が分かる」という意味になるなど、英語の「sense」という単語には「感覚」や「感性」以外に「意味」や「理屈」「筋道」という意味もあります。海外のドラマや映画を字幕でよく観られる方の中には、「That make sense !(=なるほど!)」という表現に馴染みがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回のトライツブログではこの「make sense」を相手にさせる行為、「センスメイキング(Sensemaking)」について考えます。もともとは組織論やリーダーシップの文脈で提唱されてきたセンスメイキングが、今のB2B営業担当者に求められるようになっている、という興味深い記事が最近発表されました。なぜB2B営業にセンスメイキングが必要なのか、具体的に何をしたらよいのか、見ていくことにしましょう。
もともとのセンスメイキング理論とは
センスメイキングを説明するエピソードとしてよく語られるものに、ハンガリーの偵察部隊の雪山遭難のストーリーがあります。
数十年前、ハンガリー軍の偵察部隊が雪のアルプス山脈で遭難し、吹雪の中で死の恐怖に怯えていました。その時、部隊の一人がたまたま「地図」を持ち合わせており、その地図を頼りに下山したところ、隊員全員の命が助かりました。そして、後々確認したところ、その地図は「アルプス山脈」ではなく「ピレネー山脈」の地図だったのです。
危機的状況の中で、隊員全員がその地図によって「下山できる」と納得して、能動的に行動した という点が重要なポイントで、事実を見極めることよりも、 「全員が納得する(腹落ちする)」答えを導き、行動にうつしていくことがセンスメイキングです。
簡潔に定義すると「組織のメンバーが理解し納得できるストーリーを提示することで、組織の方向性を揃えてメンバーの自発的な行動を引き出し、組織の総合力を高める」ということになります。
カリスマ的なリーダーが「あれをやれ」「こうしろ」と組織を強引に引っ張るのではなく、個々のメンバーが「納得」「腹落ち」している状態を作り出すことが大事だ、という考え方です。この考え方の背景には、組織で働いている人々はそれぞれが本来自律的な存在なので、そのような人々を動かすためには「納得」「腹落ち」させることが必要だ、という前提があります。
この組織論としてのセンスメイキング理論が提唱されてから30年近く経ちますが、最近B2B営業の分野で改めて注目されつつあります。そのきっかけになったのがHarvard Business Reviewの2022年1-2月号の記事「Sensemaking for Sales」。「チャレンジャー・セールス・モデル」「隠れたキーマンを探せ!」の著者であるブレント・アダムソン氏が、B2B営業におけるセンスメイキングの必要性と有効性、そして具体的に何をしたら良いかを記しています。早速、中身を見ていきましょう。
調査レポート①大量の情報に圧倒される購買担当者
記事の冒頭でアダムソン氏は、現在のB2Bの購買担当者が陥っている苦境について説明しています。
B2Bの購買担当者は、購入の対象となる商品・サービスに関する大量の情報に圧倒されています。調査レポート、企業のブログ記事、ディスプレイ広告、メールマガジン、インフォグラフィックス、ホワイトペーパーにポッドキャストや、クチコミ。様々な価値ある情報に簡単にアクセスできるようになったものの、そのせいで購買活動に支障をきたすようにもなっています。あまりにも多くの情報が存在するため、購買担当者は自分だけでは理解できなくなっているのです。(中略)
・情報の量に圧倒されていると感じている顧客は、満足する購買活動ができる確率が54%低くなる
・信頼できるものの矛盾している情報を目にした顧客は、満足する購買活動ができる確率が66%低くなる
・売り手企業についての相反する情報を目にした顧客は、満足する購買活動ができる確率が33%低くなる
・これらの条件が複数組み合わさると、その確率はその分だけ低くなる(訳注:条件が3つ重なると、満足できる購買活動ができる確率は90%低くなる、など)
大量の情報に圧倒され、矛盾する情報に悩まされることで、現在の購買担当者は購買の意思決定ができなくなったり、意思決定はするもののその結果への満足度が低下したりしている、というのです。
調査レポート②センスメイキング行動で顧客の購買満足度が高まる!
アダムソン氏は続けて、営業担当者による購買担当者の「センスメイキング」を促す行動、すなわちセンスメイキング行動が有効であることをデータから導きます。まずは、それがどのようなものなのかを見ていきましょう。
優秀な営業担当者は、顧客の視点から大量の情報に優先順位をつけ、情報の矛盾を解消し、シンプルにまとめます。顧客に自分の考えを押し付けるのではなく、顧客が自分自身で意思決定するためのフレームワークづくりを手助けします。これらの行動によって、顧客が手に入れた情報を理解し、自信を持って購買の意思決定ができるように支援するのです。これは、B2B営業におけるセンスメイキングなのです。
この営業担当者のセンスメイキング行動と、購買活動の満足度との間に大きな影響があると記事では続けています。センスメイキング行動を主にとっている営業担当者と、一般的な情報を与えるだけ(ギビング)の営業担当者、自身の経験や知識に裏付けされた情報を伝える(テリング)営業担当者の3パターンによる、購買満足度の差は以下の通りです。
センスメイキング型の営業担当者と接した購買担当者の約80%が満足度の高い購買活動を行っていました。一方、テリング型と接した購買担当者のうち50%、ギビング型と接した購買担当者の30%だけしか、満足度の高い購買活動を行っていなかったのです。
調査レポート③センスメイキング行動の3類型
そして、記事の中盤ではセンスメイキング行動を3つの類型に整理しています。
1. 厳選した情報を共有する:顧客がより確実に購買プロセスを進めるのに役立つ情報だけを厳選して、顧客と共有する。
2. 情報を明確にする:複雑な問題や、技術的・抽象的な概念を理解・共有しやすい洞察へと変換する。
3. 顧客の学習を支援する:顧客が情報を自分で分析・評価・判断できるように、その手法・考え方を提供する。
「このセンスメイキング行動において重要なのは、顧客が自分自身の解釈・判断・意思決定であると認識できるようにすることである」というのが、アダムソン氏が特に力点を置いていることです。
B2B営業におけるセンスメイキングと以前からの進化ポイント
ここまで、「Sensemaking for Sales」の内容をもとに、B2B営業におけるセンスメイキングについて見てきました。
「顧客が満足度の高い購買活動をできるようにするために、情報に優先順位をつけた上でその中身をシンプルにまとめ、顧客が自分で理解・納得して意思決定できるような思考のフレームワークを与える」というのは、顧客がWebで大量の情報を集め、自律的に購買活動を進めることが当たり前の「顧客中心営業」に即した行動・スキルであると言えるでしょう。
また、この記事のセンスメイキングには、もともとの組織論としてのセンスメイキング理論からさらに発展している箇所があります。それは、3つ目の行動類型である「顧客の学習を支援する」。もともとの理論では、ストーリーは組織のリーダーが作成してメンバーに提供するものでしたが、この記事ではストーリーの素材と分析・評価の手法を営業担当者が提供し、購買担当者が自身でストーリーを見出すものとしています。
単純に30年前の理論を転用しただけでなく、顧客が自ら購買活動を進めるという今の状況に合わせて発展・進化させたものであり、特に重要なポイントなのだと思います。
B2B営業に重要な「筋道を立てて考える力」
「顧客中心営業」の時代となり、B2B営業の担当者には顧客の購買活動を支援するコンサルティング・スキルが求められるようになっています。今回ご紹介したセンスメイキングは、「顧客が大量の情報を処理して意思決定できるようにする」というスキルに名前を付け、概念化を進めたという意味で大きな価値があるものです。
このセンスメイキングを実行しようとするときに必要となるのが、情報処理能力や概念的思考力といった「筋道を立てて考える力」です。この力に関連するニュースが、つい最近もありました。
先日の大学入試共通テストで、数学の平均点が大幅に下がったことがニュースになっていました。これまでの問題形式と異なるパターンで、ある程度の長い文章から必要な情報を読み取り、理解し、答えを導き出すということが求められる問題に苦戦する学生が多かったようです。このニュースなども、センスメイキングで必要とされる「筋道を立てて考える力」の必要性を示しているのではないでしょうか。
現在、多くの日本企業がリスキリング(学び直し)に取り組んでいますが、どうやら主流は「データ分析」や「AI」「ITリテラシー」「プログラミング」「動画作成」などのデジタルスキルに偏っているようです(manebi社「リスキリングの実施状況に関する調査」2022年1月)。しかし、デジタルスキルだけでなくもっと基本的なスキルである「筋道を立てて考える力」の強化も必要だということを、今回の記事は教えてくれています。
これまでの経験や業界・自社の専門知識だけでは営業として太刀打ちできない、難しい時代になっているのだと思います。
参考:「Sensemaking for Sales」(Brent Adamson, Harvard Business Review, January–February 2022)