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ZoomやSlackはなぜ売れる?製品主導の成長戦略「プロダクト・レッド・グロース(PLG)」とは

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2021年のノーベル文学賞はアフリカのタンザニア出身の作家、アブドゥルラザク・グルナ氏が受賞しました。ただ、今年は村上春樹氏が有力候補として挙げられておらず、またグルナ氏の邦訳作品がなかったこともあって、国内ではあまり話題になっていないようです。2020年に受賞したルイーズ・グリュック氏も受賞当時は日本語に訳されたものがなく、やはり盛り上がりに欠けていましたので、日本語に訳出されることによるインパクトの大きさを改めて感じます。

ノーベル文学賞の受賞作品に限らず、海外では大きな話題になっているのに日本語に訳されない名著はB2B営業の世界でもあります。ここ数年では、「製品主導の成長戦略」というコンセプトを世に広めた「Product-Led Growth : How to Build a Product That Sells Itself」(プロダクト・レッド・グロース:プロダクトを売るプロダクトの作り方)がそれに当たるでしょう。2019年の発売当初から評判が高かった上にコロナ禍でさらに注目・再評価されており、最近では日本でもしばしば取り上げられるようになっている要注目のビジネス書です。

コロナ禍のリモート環境で大きく伸びたのが、営業に売ってもらわないと売れないプロダクトではなく、ZoomやSlackなどに代表される、プロダクトが自らを売るタイプのプロダクト。これらの戦略を体系的に整理したのが同書の最大の価値です。一見すると、Zoomなどの安価でシンプルなシステム製品でしか使い道がなさそうに見えますが、B2B営業全般において参考にできる部分がたくさんある考え方ですので、一緒に学んでいきましょう。

プロダクト・レッド・グロースとは

そもそも、プロダクト・レッド・グロース(以下「PLG」)とは、どういうものなのでしょうか。本の中では、以下のように定義されています。

PLGとは、顧客を獲得し、顧客の製品利用を促進し、顧客を維持する、という一連の役割を製品自身が担う市場開拓戦略です。

簡潔な定義ではありますが、ややそっけなくてわかりにくいので補足します。

Zoomを最初に使い始めたころのことを思い出してみてください。すでにZoomを使っている人からミーティングのURLが送られてくるので、そのURLをクリックしアプリをダウンロード(もしくはブラウザ版を選択)するとすぐにWeb会議がスムーズに行えます。1回につき40分までであればずっと無料で使えるので、そこで多くの人が便利さを体験しますし、ほかの人と打合せのときには「Zoomでやろうよ」と紹介します。そして自分が40分を超える打合せを主催する場面では、有料プランの案内が来ていたことを思い出して有料プランを契約します。また、100名を超える参加者を集めてウェビナーを実施するという場面では、専用のオプションがあるのでそれを契約します。

このZoomのように、製品そのものの中に無料プランから有料プランへのアップセルや、個別オプションのクロスセルが含まれていて、営業担当者との個別のやり取りを必要とせずに、顧客の獲得・利用促進・維持を実現できるようにするのがPLGなのです。

これは、ブランド品のカバンや高級腕時計、SFA/CRMツールの代表格であるSalesforceなどのいわゆる「競争力のある製品」とは異なります。確かに競争力がある製品だと売りやすくはなりますが、途中で営業担当からの後押しやシステムのカスタマイズなどが依然として必要であり、製品だけで売ることはできませんし、顧客が勝手に追加購入することもまずありません。製品だけでアップセルやクロスセルが完結できるようになっているのがPLGなのです。

ゲームの世界で例えるなら、無料である程度までは遊べるものの、より快適に遊ぼうとすると課金が必要になってくるオンラインゲームもPLG的だと言えるでしょう。ファミコンやプレステなど本体が据置型だった頃は、店に行ってカセットやディスクを買わないとどんなゲームなのかを自分で確かめることはできませんでしたが、PLG的なオンラインゲームは無料でプレイしてから課金するかどうかを決められますので、私たちプレイヤーにとってより親切なしくみになっているように感じます。

これまで、基本機能は無料で使えてより高度な機能は有料化する「フリーミアム」や、高価な買い切り型ではなく安価な利用料を継続的に支払う「サブスクリプション」などの考え方が話題になっていました。PLGはこれらのアイデアを統合し、戦略として体系的に整理し直したもの。今まではぼんやりと「SaaS型のビジネスモデル」などと表現されていたものがしっかりと定義され、わかりやすい名前がついたのだと捉えていただくのが良いと思います。

PLGの考え方を活かして自社の製品力・営業力を高める

ここまで読んでみて、「PLGがどういうものかはわかったけど、自社で売っているものはシステムじゃないから参考になることはなさそうだ」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。確かに、このブログをお読みの方の多くが扱っている商材はSaaSではないかもしれません。しかし、Zoomなどのような強力な「製品主導の営業力」を自分たちの製品・サービスに付加するためのアイデアとして、PLGを活用することが可能なのです。そこで、この記事の残りでは、PLG的な考えで製品力・営業力を高めるのに役立つフレームワークを紹介します。

と、その前に、PLG的な考えで製品力・営業力を高めるということについて手短に解説します。PLGの最大の特徴は、顧客との接点の最初に「製品利用」というプロセスを持ってくることで、より早期に顧客に価値提供することにあります。40分以内という限定的な範囲ではあるものの手軽にWeb会議を実施できることで、私たちはZoomというシステムの価値をしっかりと体験できています。通常なら購買後にしか体験できない製品・サービスの使用価値を、購買プロセスの早期にかつ面倒な手間をかけずに体験できるようにすることで、顧客がより購入しやすい状態を作る。これは、システム以外の製品・サービスでも使える汎用的な製品力・営業力向上のアイデアなのです。

製品力・営業力向上に使える「MOATフレームワーク」

では、具体的にどのような観点で製品力・営業力にPLG的な要素を取り入れたらよいのでしょうか。その観点として使えるのが「MOATフレームワーク」です。もともと、MOATフレームワークとは自分たちのビジネスがPLGに向いているかどうかを判断するための4つの観点(M, O, A, T)をまとめたもの。それぞれがどういうものか、以下にご紹介します。

この4つの観点は、PLGとSLGのどちらが適しているのかを判断するものですが、同時に、自社製品・サービスにSLG的要素を付け加えて顧客の体験価値を向上させるヒント集でもあります。 

「M 市場戦略」で自社製品が高額な場合、汎用的かつ基本的な機能に絞り込んで体験版を無料/安価に提供することができないか。
「O 競争環境」で自社製品がブルーオーシャン向けの場合、同じ相手がターゲットになるレッドオーシャンな隣接市場が存在しないか、その市場向けに汎用的かつ無料/安価なマーケティング用の製品を投入できないか。
「A ターゲット層」がトップである場合、現場担当者が試しに使える体験版やレンタル品を提供できないか。
「T 価値提供までの時間」が長く、設定や入力などの作業が必要な場合、それを省略しても価値を体験してもらえる機能限定版を作れないか。

これら4つの観点で製品・サービスを見直し、購買プロセスの早いタイミングで顧客に手軽に価値を体験してもらう。自社の製品・サービスが高額かつ複雑で、営業によるコミュニケーションが不可欠であればあるほど、顧客は早期に製品・サービスを体験できることに価値を見出してくれるでしょうし、その後の購買プロセスがよりスムーズに進むことでしょう。

最新のコンセプト「PLG」を自分たちのビジネスにも取り入れてみよう

今回ご紹介したPLGは、Zoomなどのように安価かつ汎用性の高いシステム製品が成功している理由を解き明かすコンセプトであるだけでなく、Webを活用し自分たちで主体的に購買プロセスを進めている現在の顧客から優先的に選ばれるための、製品力・営業力向上のヒントでもあります。ぜひ、MOATフレームワークを使ってご自身のビジネスをチェックし、PLG的な要素を取り入れられないかを考えてみてください。そして、より深くPLGについて学びたい方は、10月22日以降に「Product-Led Growth : How to Build a Product That Sells Itself」の邦訳書が出るそうですので、そちらを読んでいただくのも良いでしょう。

これからもトライツブログでは、海外のB2B営業・マーケティングの注目書籍から、最新のビジネスコンセプトやキーワードを収集し、皆さんの日々の営業活動に活かしていただけるかたちでご紹介していきます。今後もご期待ください。

参考:「Product-Led Growth : How to Build a Product That Sells Itself」(Wes Bush, Product-Led Institute, 2019)

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