トライツコンサルティング株式会社

注目の海外新刊「SELLOSOPHY(セロソフィー)」でB2B営業を「学問」してみる

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ここ最近、本を読む時間が増えた方が多いのではないでしょうか。楽天が運営するフリーマーケット「ラクマ」の調査によると、昨年4月の緊急事態宣言以降、読書時間が増えたと回答した人が25.4%とのこと。書店に行かなくても通販や電子書籍で手に入れることができ、自己研鑽にも気分転換にもなるので、読書というのは自宅で過ごす機会が増えたこの1年余りに非常に適した趣味だと思うのです。

しかし、残念ながらB2B営業に関する日本語の書籍はあまり多くありません。Amazonで検索してみて愕然としたのですが、昨年4月以降で「B2B営業」に関連する書籍は4冊しか出版されていません。せっかく自宅時間を使って本を読んで学ぼうとしても、新しく読める本が少ないのです。

その一方で、洋書だと「B2B営業」に関する書籍はコロナ期間中も数多く出版されていて、週末ずっと家にこもっていても到底読み切れないほどです。そこで、今回のトライツブログでは、コロナ期間中に発売された海外のB2B営業関連の書籍の中から特に興味深いものを1冊選んでご紹介し、そこから見えてくるB2B営業のトレンドについて考えてみたいと思います。海外のB2B営業担当者がどんな本を読んで学んでいるのか、さっそく見ていきましょう。

心理学の観点から営業を考える「SELLOSOPHY」

今回ご紹介するのはイスラエル出身のAriel Feder氏が著した「SELLOSOPHY」。このSELLOSOPHYというのは、Sell(営業)とPhilosophy(哲学)を組み合わせた造語で、直訳すると「営業哲学」となります。

「営業哲学」という文字だけを見ると、いわゆる自己啓発本の成功哲学や、より多く売れるようになるための考え方・心構えなどをイメージされると思いますが、この本はそうではありません。営業戦略を考えたり営業組織をマネジメントしたりする際に、哲学の知見を当てはめて考えていこうというもの。つまり哲学的なアプローチで営業を考えてみようというものなのです。

ここで一点注釈が必要なのが、この本での「哲学」の意味合いです。哲学と聞くと高校の倫理の授業で勉強した、ソクラテスやデカルト、ベーコン、カント、ニーチェなどをイメージされる方が多いと思いますが、この本では哲学をもう少し広い意味で使っています。哲学のことを物理学や数学、社会学などの様々な科学の基礎として位置づける考え方があるのですが、この本でも営業の根本的な部分で働いているメカニズム全般のことを哲学という言葉で表現しています。

そのため、デカルトやカントなどの難解な哲学はほとんど出てきません。その代わりに、よく出てくるのが心理学です。

例えば、営業マネージャーの採用の仕方について書いてある2章では、私たちの意思決定には「直感的で素早い意思決定」と「分析的で遅い意思決定」の2つのモードがあり、面談相手の第一印象や話の内容などに好感を感じるなど感情が強く動かされると、無意識のうちに「直感的で素早い意思決定」をしてしまい、それが不適切な判断につながりやすくなるということを紹介しています。

通常の営業本だとせいぜいここまでだと思うのですが、なんとこの本では解決する方法として、仏教に由来する「内観療法」やマインドフルネス瞑想に基づいて、自分の感情の動きを客観的に見るようにすることを勧めるところまで書いています。

また、営業担当者のモチベーションの高め方について書いてある3章では、企業が掲げるビジョンや信念への共感・一体化が、金銭的な利益や、マズローが5段階の欲求のうち最上と定義した「自己実現」よりも、強くモチベーションを高めて献身的にさせるということを主張しています。ビジョンや信念への共感・一体化することを「Meaning(人生の意味)」と表現しているのですが、これは著者と同じユダヤ人の心理学者であるヴィクトール・フランクルが、第二次大戦中のユダヤ人弾圧を受けながら構築したロゴセラピー(意味中心療法)そのものです。

フランクルがアウシュビッツなどの過酷な環境でも諦めずに生き抜く中で見つけた「意味を見つける力」をモチベーションの核に据えるべきだという考え方を示す・・・・このような突っ込んだ分析と展開は今までの営業本にはないものだと思いました。

心理学による掘り下げが知的好奇心をくすぐる

この本を最後まで読んだ感想は「まだまだ発展途上で未成熟だけど、今までになく読んで楽しい営業本」です。

全6章のうち、その中で心理学を使ってメカニズムを体系的にうまく説明できているのは、先ほど簡単に触れた2章と3章の2つだけ。残りの章でも心理学や数学・工学の知見を取り入れるなど工夫はしているのですが、まとまりに欠けておりエッセイのような感じすらあります。

しかし、この本の2章と3章には他の章の欠点を補う面白さがあります。心理学などの観点から一段深く掘り下げ、仏教とかロゴセラピーなんてこれまでの営業本には出てこないものまで出てくるので、読み応えがあり、知的好奇心がくすぐられるタイプの本になっています。Amazonのレビューが軒並み高評価ばかりなのも頷けます。

「ビジネス実務としての営業」から「学問としての営業」へのきっかけに?

一般にB2B営業本の多くは、スーパー営業だった著者のサクセスストーリーか、SFAやMAなどのツールを活用するための手順書やマニュアルです。しかし、今回ご紹介した「SELLOSOPHY」は、心理学などの他の学問と融合したものであること、そしてベースとなる部分に「ビジョンや信念への共感・一体化を通じて、営業担当者に仕事の意味を持たせるべきだ」などの著者独自の哲学や思想が強く打ち出されていることから、異彩を放つ存在の本であると言えます。

営業と同じく、人間の経済活動のしくみを体系化する学問として経済学があります。一企業の活動や国全体の経済活動など実体経済をモデル化しており、その中でいろいろな流派に分かれつつ理論を発展させています。その経済学では、この四半世紀ほどで2つの大きなトレンドが起きています。1つは「学際化」、そしてもう1つは「思想としての深化」です。

1つ目の「学際化」とは、他の学問の知見を取り入れて発展させること。生物学の考え方を取り入れた進化経済学や、心理学を取り入れた行動経済学などが有名です。行動経済学からはノーベル経済学賞の受賞者が複数出るなど、今や経済学の主流の1つとして捉えられつつあると言ってもよいでしょう。

2つ目の「思想としての深化」は、「良き社会のための経済学」や「善と悪の経済学」などが最近の経済書のベストセラーとなるなど、福祉や倫理といった初期経済学で議論されていたテーマの研究が再び盛んになっており、思想としての深みが出てきているという流れです。

このような「学際化」による学問領域の広がりと、倫理的アプローチによる「思想としての深化」は、経済学という学問の発展に大きな影響を与えています。

今回ご紹介した「SELLOSOPHY」は、営業においても今後、同様のことが起こってくることを予測させます。それは営業を「ビジネスの実務」だけでなく、一つの「学問」として発展させていくことになるでしょう。

現在、海外の大学の多くでは営業に関する科目があり、日本の大学の一部でも営業が授業で教えられるようになっています。営業が『営業学』という学問として発展することで、営業を体系的に学んだ学生が入社してきたり、若手社員を短期集中や夜間コースで学ばせたり、ということが将来は当たり前になるかもしれません。今回ご紹介した「SELLOSOPHY」が他の学問との融合や、哲学・思想の深化という新境地を切り開いたことで、営業の学問としての発展が加速する1つのきっかけになる可能性は十分にあると考えています。

これからも国内外のB2B営業関連の書籍情報をお伝えします

今回のトライツブログでは、コロナ期間中に出版された海外のB2B関連書籍の中から、異彩を放つ存在の「SELLOSOPHY」について、その内容と特徴、特に学問としての営業に対する影響について見てみました。

200ページ足らずの比較的薄めのペーパーバックですし、値段も1,265円とお手頃ですので、英語が得意な方はぜひ2, 3章だけでも読んでみていただければと思います。そして、心理学などこの本で取り扱っているテーマについて興味が湧いた方は、巻末の参考文献を使ってさらに学びを深めるのも良いでしょう。この記事の最初の方にベーコンの名前が出ましたが、まさに「知識は力なり」。日々の仕事に懸命に取り組むだけでなく、本などを使って改めて学び知識を深めることは、これからの時代を勝ち抜いていく上で必要不可欠なことなのです。

トライツブログでは、これからも国内外のB2B営業関連の書籍をチェックし、コンセプトやテクノロジーなどの最新トレンドや、学問としての営業の発展をお伝えしていきます。これからも一緒に営業について学んでいきましょう。

参考:「SELLOSOPHY: The Art and Science Behind B2B Sales and Business Development」(Ariel Feder, Nov 10, 2020)

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