「人に見られていると緊張したり気が散ったりして実力が出ない」という人もいれば、「人から見られている方が頑張れる」という人もいます。私は子供のころは極度の恥ずかしがり屋でしたので、運動でも勉強でも人から見られていない方が快適でした。その名残が今でもあるのか、喫茶店やコワーキングスペースなど人の目がある場所だと集中して作業できないので、誰からも見られない場所にこもって作業することの方が多かったりします。

この「人から見られる」という体験は、営業ですと顧客訪問の際の上司同行が当てはまります。自分が営業活動をしている様子を上司に観察されることで、営業活動そのものにどんな影響があるのか。今回のトライツニュースは「営業における『観察者効果』とその問題点」について考えてみたいと思います。

観察することで観察結果を変えてしまう「観察者効果」

皆さんは「観察者効果」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは物理学や社会学でよく使われる用語で、簡単に言うと「観察するという行為が観察の対象に影響を与える」というものです。例えばモノを見ようとすると光子という存在が必要になるのですが、物理学で電子などの極めて小さいものを観察しようとすると、その光子が電子に作用するので観察できる電子の動きは光子との交互作用が含まれたものになり、本来見たかった電子単体の動きを観察できなくなります。

また、社会学での有名な観察者効果に「ホーソン実験」というものがあります。これは工場の作業環境(照明の明るさ)と作業効率の関係を調査しようとしたところ、調査を行っている間は照明を明るくしても暗くしても作業効率が上がったというもので、冒頭のお話で言うところの「人から見られていたから頑張れた」という実験結果です。

このように観察するということ自体がその対象に影響を与えるということが、物理の世界でも人間の世界でも観察されています。このような「観察者効果」は営業の上司同行でもよく見られるのですが、あまり良い方向に作用していないことの方が多いように私は感じています。

上司同行で起こりがちな「営業の負の観察者効果」

上司同行による営業の観察者効果でよくあるのが、
「上司に見られることで緊張したり委縮したりして、本来のパフォーマンスができなくなる」
「顧客よりも観察者である上司に褒められよう、評価されようとして、顧客のために最善ではないことをする」
といったものです。上司という観察者が横にいることで、どちらの場合も顧客にとってのパフォーマンスが落ちていることが分かります。また、上司同行の時によくある「上司がすべてやってくれるだろうと仕事をしなくなる」は、厳密に言うと「観察」ではなく「同行」による変化ですので、観察者効果の対象に入れないことにします。

この「営業における負の観察者効果」は今に始まった問題ではありません。皆さんの中で営業職を経験されている方の中には、「自分も若いころはそうだったなぁ」という方もいらっしゃるでしょう。ただ、以前はそうであったとしても、営業マンとして実績を積み上げていきながら自分なりのやり方と自信を身に付けていくことで、上司が同行していても気にせずにやるべきことをやれるようになる、というように乗り越えていった経験を持っている方が多いのではないでしょうか。

ただ、この「営業における負の観察者効果」が以前よりも長期化するようになっており、本来なら中堅と言われる5年目や10年目の営業マンであっても負の観察者効果が見られることが増えているように私は感じています。つまり、若手~中堅営業マンの育成スピードが落ちてきているのです。

観察者効果で遅くなる若手~中堅営業マンの育成スピード

では、なぜ最近になって負の観察者効果が長期化するようになってきているのでしょうか。それには大きく2つの理由があると考えます。

1つ目の理由は「営業現場の効率化」です。バブル崩壊以降の失われたウン十年の中で、営業現場の人数が抑えられるとともに営業マンが担当する顧客の数も絞り込まれるようになってきました。売上規模や収益性の高い重要な顧客だけを営業マンが担当するようになり、そこまで規模の大きくない手ごろな規模の企業との取引が代理店やWebへ移っていったために、若手営業マンが自分の自由裁量で商談できなくなり、大事な局面では上司同行を仰ぐのが当たり前になっている営業組織が多くなっているように見受けられます。

もう1つの理由は「営業マネジメントのデジタル化」です。SFAなどの営業マネジメントシステムが導入されたことで、1つ1つの商談を細かく報告することが当たり前になっている企業が増えています。そのような組織では、個々の商談報告を自分の同僚や上司にさらにその上の上司、営業支援組織などが見て、質問やアドバイスをもらってそれを返すといった運用をしています。そのような環境では常に自分が見られている状況になるため、「妙に創意工夫して周りから色々言われたくない」と自らブレーキを踏んでしまいやすくなっています。

これらの要因が重なり、現在のB2B営業組織の多くでは、若手~中堅の営業マンが単独で訪問して自分なりのやり方を試すということができなくなっています。そのため、なかなか営業マンのスキルが上がらず、上司も都度都度同行訪問せざるを得ない。そして上司が同行するがゆえに負の観察者効果が働き、営業マンがパフォーマンスを発揮できずスキルが上がらない、という悪循環に陥り、その結果として、若手~中堅営業マンの育成スピードが落ちている営業組織が増えているのだと思われるのです。

若手~中堅営業マンが創意工夫できるマネジメントで、「負の観察者効果」から抜け出す

では、負の観察者効果という悪循環から抜け出して営業の育成スピードを上げるために、一体どうすれば良いのでしょうか。

まず考えるべきは、「観察」「管理」を必要最低限に抑えて、各人が自由に創意工夫できる機会を提供するということです。私の知り合いの優秀な営業マネージャーは営業担当者のころ、大口の提案など大事な商談は午後にアポイントを入れ、午前中は周りが担当しようとしない新規小口の顧客のアポイントを入れていたそうです。午前中の訪問で商談のリズムを掴みながら、午後の商談でやろうとしていることを試してみるなどして、創意工夫できる場を確保していたのです。

「展示会やセミナー、インバウンドなどの新規顧客のフォローは、原則として上司同行なしの単独訪問にする」
「顧客や商談の重要度をSFAで設定できるようにし、重要度が低い場合は上司の上司や関連部署への通知をオフにする」
上記はほんの一例ですが、大事なのは「観察・管理」志向だけでなく、「育成」志向をもって顧客分担/営業業務設計を行うこと。デジタル化が進み、効率化が当たり前になっている現代の営業であっても、「育成」という観点を持つことで各人が創意工夫する機会を提供することは十分に可能であると私は考えます。

目の前の活動を精確に管理し、上司同行によって質を高めるというのは、もちろん大事なことではあります。しかし、そればかりになると営業マンの成長機会を奪ってしまい、長期的に見た営業組織の質が低下してしまうことにもなりかねません。「若手~中堅層が創意工夫できる機会が十分にあるか」という観点でも、営業マネジメントの在り方を考えてみていただければと思います。