この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。

堅調に推移する企業業績を受けて、ここ数年「人材不足」という言葉を新聞や雑誌でよく目にするようになりました。「営業組織に人手が足りない」という悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。

とは言え、ただ人数だけを増やせばよいという訳ではないのがつらいところ。「営業は人なり」という言葉もあるように、優れた営業担当者を採用・育成・確保するというタレント戦略は営業組織にとって永遠の課題です。

そこで、今回のトライツブログでは、「営業のタレント戦略」について、最新の海外調査レポートを使って勉強してみたいと思います。

海外調査レポート「営業タレント戦略の研究」

Miller Heimanグループの調査機関であるCSO Insightsが最近、一風変わった調査レポートを発表しました。タイトルは「2018 Sales Talent Study」。営業におけるタレント(人材)の採用・育成・評価における課題と、先進企業の取り組みに焦点を当てています。

お時間に余裕のある方はぜひ全文をダウンロードしてお読みいただきたいのですが、全21ページとなかなかの大作ですので、お時間のない方向けに興味深い点をいくつか抜粋してご紹介したいと思います。

レポート1:収益に直結する営業タレント戦略

このレポートは調査データをもとに営業タレント戦略の重要性を数値化するところからスタートしています。

最新のAIツールや営業プロセスなどは、営業担当者と顧客とのやり取りの成果を高め効率化することに大きな影響を与える可能性を持っています。しかし、それらの施策は個々の営業担当者や営業マネージャーのタレントに大きく依存しています(中略)。
営業組織はタレントの採用・育成で苦労しています。回答者のうち16.4%しか「自社は将来の成功のために必要なタレントを確保している」と自信を持って答えていません。
そして、自社のタレント採用・育成に自信を持っている営業組織は、そうでない組織と比べて目標達成率が高く(63.5% vs 41.2%)、商談の受注率も高い(54.0% vs 42.1%)という結果が出ています。

レポート2:営業担当者の離職にかかる巨大な見えないコスト

レポートは続けて、営業担当者の離職にかかるコストのうち、採用活動や教育研修のような目に見えるコストだけでなく、目に見えない隠れたコストの大きさを、変わった視点から算出しています。

最近の営業担当者の離職率はおおよそ15.7%辺りで推移しています。このうち10%が営業担当者による自発的な離職であり、残りの5.7%がレイオフなどの非自発的な離職です。(中略)
いったん営業担当者が離職すると、そのポジションは平均して3.7ヶ月間空いたままです。そして、新しく採用した営業担当者の生産性がフルの状態になるまでにおよそ9.2ヶ月かかります。つまり、営業担当者が離職することで合計12.9ヶ月、つまり一年以上生産性が低い状態となっているのです。平均的なB2B営業担当者の売上予算が200万ドル(2.2億円)だということを考えると、営業担当者の離職と雇用はそれだけ営業組織の収益力を弱体化させているのです。

このレポートの回答者のおよそ半分が米国企業ですので、離職率の値は日本の普通のB2B企業では考えられないほどに高い数値となっています。しかし、営業担当者の離職と雇用にかかる隠れたコストである「収益力の低下」は日本のB2B企業にも当てはまるものと考えられます。

レポート3:結果だけで営業担当者を評価することのデメリット

レポートは続けて、営業組織による営業タレントの評価の実態へと議論を進めています。

CRMやその他のシステムの活用によって、営業はデータが豊富な部署になっています。分析機能の拡充やビッグデータへの取り組みに最新のAIツールなどのおかげで、収集できるデータには限界がなくなりつつあります。その一方で、どの営業担当者が成功しているかについてのデータとして、売上や利益などの分かりやすい指標以外にも目を向けている企業はわずかです。(中略)
62.3%の組織が個々の営業担当者のパフォーマンスを測るのに「遅行指数」しか使っていません。これは、何が起きたかという成果だけを見ていて、どのようにその成果が出たのかやどうすればその成果を繰り返し出せるのかを見ていないということです。
7ヶ月という平均的な商談期間を考えると、「遅行指数」だけを使ってパフォーマンスを評価していると、現在進行形の商談のパフォーマンスマネジメントを阻害し、パフォーマンスが低い状態が継続されてしまうのです。

ここで使われている「遅行指数」とは、売上や利益などの結果数字のことです。それに対する「先行指数」としてレポートでは、個々の営業プロセスを進む速度(期間)や、見込客からの商談化率を挙げています。この結果数字を遅行指数だと言い切る考え方は、これまでにないものではないでしょうか。

レポート4:これからの営業担当者に求められる「技術への親和性」

レポートでは、営業担当者を採用基準として使える「営業担当者の成功要因」についても考察しています。

採用活動で用いられている業界知識やコミュニケーションスキルなどの条件と、退職率や予算達成率や受注率などの結果指標の相関性を分析したところ、関連があると言えるものはほとんどありませんでした。しかし、唯一統計的な相関性が見つかったのは「技術への親和性」です。

これはとても興味深い結果ではないでしょうか。確かに、現在の営業はSFAやCRMといったデジタルツールの活用が不可欠のものとなりつつあります。レポートではこれと関連して現在営業担当者の採用基準に起こっているトレンドとして、4つの特徴を紹介しています。

1. 多くの営業組織では「STEM」と言われる、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Math)の学位を重要視しています。STEM教育で得られる分析的思考力や技術への親和性といったものが、AIによって加速するであろう将来の営業分野においては重要な成功要因だと考えられています。

2. ビジネス系の学位のうち、特に基礎的な営業プロセスや営業手法、SalesforceなどのCRMシステムの使い方を学ぶ「営業系の学位」にも注目が集まっています。

3. これまではEQが重要視されていましたが、現在では「分析的思考力」「課題解決力」が重要視されるようになっています。これは営業がアート(芸術)からサイエンス(科学)へと変化したことと関連しています。

4. 採用基準として「学習意欲」というものにも関心が寄せられています。我が社の調査レポート「2017 Word-Class Sales Practices Report」でも継続的なキャリア開発が組織文化となっている企業は、営業の成果が高くなることが統計的に示されています。生涯を通じた学習が重要なのです。

色々と面白いポイントがありますが、私が一番衝撃を受けたのが2番目の「営業系の学位」というものです。学生のうちから営業プロセスについて勉強し、Salesforceを使ってデータを分析したりしているというのですから驚きです。日本の大学でも少人数教育や一方通行でない対話主体の講義など米国流の教育手法が浸透してきていますが、これらの変化もぜひ早急に取り入れてもらいたいものです。

レポート5:営業パフォーマンス向上に直結する3つの育成施策

レポートの最終章では営業担当者の育成施策のうち、営業のパフォーマンス向上に有意な関連性が見られたものを3つピックアップしています。3つを順番に見ていきましょう。

営業担当者にとって新しい職場での最初の印象的な体験は「新人研修」です。新人研修は生産性のキードライバーであり、これが充実していると回答した組織はそうでない組織と比べて、営業担当者の生産性がフルになるまでの期間が短くなっています(7.8ヶ月 vs 9.5ヶ月)。

 

2つ目の施策は「セールスイネーブルメント」です。セールスイネーブルメントとは、営業で使う各種のコンテンツやコーチング、研修などの複数の施策を調和・統合させる取り組みです。このセールスイネーブルメントに満足している組織はそうでない組織と比べて、営業担当者の自発的な離職率が低くなる傾向があります(7.1% vs 11.5%)。

 

最後の施策は「コーチング」です。当社のセールスイネーブルメントに関する調査レポートにおいて、コーチングは予算達成率と強い関連性が明らかになっています。

2つ目の施策である「セールスイネーブルメント」は、このトライツブログでも過去に何度も取り上げている最近話題の営業施策ですが、離職率の低減という人事データとの関連性が示されたのはおそらくこのレポートが初めてのことだと思います。その意味でも興味深い内容ではないでしょうか。

サイエンス化する営業について学習しよう

ここまで「2018 Sales Talent Study」の中でもとりわけ興味深いポイントを5つ抜粋してご紹介してきました。営業を取り巻く時代の変化と、それに対応するためのタレント戦略の今後の姿が浮かび上がってくる良いレポートだったのではないでしょうか。

このレポートに一貫しているメッセージは、営業活動および営業のマネジメントはアートからサイエンスに進化している、ということだと私は考えます。サイエンス的な思考に基づいて、世の中にあるデジタルツールを使いこなしていくこと、そしてそのようなトレンドを敏感に感じ取って日々継続して学習するということが、これからの営業担当者とそれを導く役割の営業マネージャーに求められているのです。

参考:「2018 Sales Talent Study」(CSO Insights, September 17, 2018)