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クレジットカードやSUICAなどのICカードの普及によって、普段の買い物で現金に触れる回数は随分と減っているように思います。特に海外では現金に代わる決済手段としてデビットカードの普及が進んでおり、アメリカではクレジットカードや現金を押さえて決済件数でトップになっているそうです。しかし、日本では「J-Debit」等のCM広告もしていますが、街中でデビットカードを使っている人はあまり見かけません。なかなか日本での普及は難しいようです。

ビジネスの世界でも、アメリカでは普及しているのに日本ではそうでもない、と言うものがあります。その1つに、最近ではB2B営業でのSNS活用が挙げられるでしょう。

今回のトライツブログでは、B2B営業におけるSNS活用についてのアメリカと日本のギャップを題材に、新しいアイデアを社内に取り入れることについて考えてみたいと思います。

調査結果:アメリカのB2B営業で普及している「ソーシャル・セリング」

アメリカではB2B営業にとって、SNSが不可欠なツールになってきているようです。
最近、Harvard Business Reviewに「How B2B Sales Can Benefit from Social Selling」という記事が掲載されました。この記事では、各種リサーチ結果を横断的に見ながらソーシャルメディアを活用した営業のやり方「ソーシャル・セリング(social selling)」がいかにB2B営業にとって重要なものになってきているのかを紹介しています。

ちなみに、ソーシャル・セリングとはSNSでさまざまなコンテンツを発信して情報を探している見込み客を発掘したり、見込み客に商品・サービスを学んでもらったり、質問に回答したりすることで顧客との関係を作って受注に近い案件を作りだすことを言います。

面白いデータがいくつも出てきますのでお時間ある方はぜひ原文をお読みいただきたいのですが、こちらでは要点のみをかいつまんでご紹介します。

B2Bの購買担当者の53%が購買の最終決定にソーシャルメディアを活用した、と回答している

B2Bの購買担当者の82%が、発注先のソーシャルコンテンツが意思決定に大きな影響を与えた、と回答している

ソーシャルメディアを活用しているB2B営業担当者の72%が同僚よりも高い営業成績を収めており、そのうちの半分以上が直接的にソーシャルメディアを利用した営業活動を行っている

B2B営業担当者の75%がソーシャルメディアの効果的な使い方についてのトレーニングを受けている

いかがでしょうか。このデータを見ると、B2B営業にとってSNSが大事なものになっていることがお分かりになると思います。

なぜ日本では「ソーシャル・セリング」が普及しないのか?

しかし、日本ではまだ「ソーシャル・セリング」という言葉を聞くことはあまりないようです。本日(2016年12月13日)時点で、「B2B, social selling」でGoogle検索をすると970万件以上のWebページがヒットするのに対し、「法人営業、ソーシャル・セリング」だと2千件足らずしかヒットしません。さらに、紹介したHarvard Business Reviewの記事も国内版である「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」に翻訳されていません。

このようにソーシャル・セリングが日本ではまだ下火のままである理由として、FacebookやLinkedInのユーザー数がアメリカよりもかなり少ない(Facebookは6分の1、LinkedInは100分の1)ということももちろんあるでしょう。しかし、単純にユーザー数だけが理由ではないと思うのです。

「個人のスキル獲得」タイプのビジネス・コンセプトは根付きにくい?

その理由について考える前に、以下のキーワードをご覧ください。
「デザイン思考」
「統計学/データサイエンス」
「コーチング」
いずれも世の中に広まっている有名なビジネス用語です。書籍もたくさん出版されているので、皆さんなじみがあることでしょう。では、これらについて実践している方が、ご自身を含め社内にどれだけいらっしゃるでしょうか。もちろん、マーケティング会社やコーチング会社の場合は、これらの専門家と言われる方が多数いらっしゃるでしょうが、大企業に勤めている方にはほとんどいらっしゃらない、というのが現状ではないかと思います。

これらのように、ビジネス・コンセプトの中でも「個人が学び、身に付け、実践するスキル/行動」はなかなか普及・浸透せず、SFAやCRMのように「組織として導入するしくみ/システム」は普及・浸透しやすい、という傾向が日本のB2B企業にはあるのではないでしょうか。

専門家育成を難しくする大企業の人材育成モデル

では、なぜ「個人が学び、身に付け、実践するスキル/行動」は日本の大企業には根付きにくいのでしょうか。
そこには、日本の大企業に特有の「ゼネラリスト優先の育成モデル」が大きく影響しているからだと思われるのです。

統計学やデザイン思考、コーチングなどが企業にとって有用なことは明白だと言ってよいでしょう。しかし、そういった専門的な分野に秀でた人材を育成しようとしても、一貫して専門分野の経験を積ませるようなキャリアパスを持っていない大企業がほとんどで、長期的な視野での専門家の育成は困難です。定期的かつ広範な部署異動を通じて、どうしてもゼネラリストが優先的に育成されていくのです。

個人の観点から見ても、「これを極めたい」というものを見つけてもそれについて社内で理解してくれる人が少なく、その一方で社外の専門家の集まりに行けば話がすんなりと通じるし刺激にもなる。そのような環境では、専門家を目指す個人は社外に活路を見出して、飛び出してしまうことでしょう。

与えられた環境の中でやるべきことをやるというスタンスの日本の営業

これと同じことが営業活動におけるSNSの活用にも言えます。SNSを使って個人が考えたこと、やっていること、どこかから見つけてきた有益と思う情報を発信するような行為そのものは、あくまでもその個人が学び、身に付け、実践することになります。これは「自らの力で人脈を広げたい、見込み客を創りたい」という意識の現れです。

今までは自分で費用を払って、どこかのグループに参加したりして人脈を広げていた営業担当者が、無料のSNSで新たな人脈ができると知れば、積極的に活用するようになるでしょう。アメリカで起こっていることはそういうことです。

統計学やデザイン思考、コーチングの専門家に専門的なスキルが必要なのと同じように、営業を専門職と考えるとそこで最も重要なものは「人脈」です。アメリカの営業担当者はプロとしてやっていくために自ら工夫し、人脈づくりをやっているのです。

それに対し、日本の大企業で働いている営業担当者は、会社対会社のつながりを基本としていて、その枠を越えた個人の力で新たな人脈を広げて販売促進をしようという意識は弱いように思います。組織で動くことが中心で、それを外れた個人的な動きは評価されにくいという制度の影響もあるでしょうし、そもそも営業という仕事を自らの一生の仕事ということよりも、会社から与えられたその時の役割としてやるべきことをやると考えている人が多いということもあるでしょう。

まず個人ありきのアメリカの営業担当者と、会社ありきの日本の営業担当者。ソーシャルメディアの活用度合いの差の根本的な原因はここにあるように思います。

これから大企業であっても個々人の専門的知識や人脈が重視される時代になる

これまでこの違いは「文化の違い」として捉えられるだけだったかもしれません。しかし、毎年のように新しいビジネス・コンセプトが生まれてくる昨今において、「会社から与えられた役割を担う」というスタンスの人材中心の日本の企業内においては、いつまでも専門家が育ちませんし、個人で取り入れていくべき新しい道具もなかなか味方にすることができないという問題があるのです。

これからもどんどんITが進化し、今までは考えられなかったような個々人のつながりを創り出し、それはビジネスにも活用されていくはずです。大企業であっても、個々人の専門的知識や人脈がもっと重視される時代になるでしょう。「あの会社から買いたい」ではなく、「○○さんから買いたい」と日本中、いや、世界中から声が掛かるという世界が実現できる時代がやってきたのです。

そこで大切なことは、一人ひとりが現在の枠を越えた「プロ」としての活動を模索することのように思います。
まず、あなたのSNSアカウントの活用方法を見直してみてはいかがでしょうか。

参考:How B2B Sales Can Benefit from Social Selling(Harvard Business Review, November 10, 2016)

トライツコンサルティングでも試験的にB2B営業のSNS活用に一部取り組んでいます。「日本市場でのSNS活用について知りたい」「ソーシャル・セリングの可能性を考えたい」という方には、トライツとしてのこれまでの事例等を共有いたしますので、下記よりお気軽にお問い合わせください。